何があった? コイルのリイシュー企画  threshold archive

とりあえず6枚ほど
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秋に入った頃からCoilのリイシューが行なわれる旨の発表がされ、ちょっとしたニュースになった。既に中心人物であるジョン・バランスとピーター・クリストファーソンが逝去し、永久に凍結したコイル。嬉しい一方。ここに来て何故?とも思った。彼らの音源は復刻されるべきだが、その経緯や出所にはどうしても警戒してしまう。世界規模でファンが多いコイルは、ブートも沢山作られているからだ。ロシアやフランスに多く、その蔓延りぶりは今年になっても作られている程。殆どが廃盤になってしまった現状、ブートでもいいからフィジカルで欲しいという人もいるのだろうが、やっぱり喜ばしいものとは言えない。

ブートが作られていてもニュースになることは少ない。殆どがマーケット上で突然出てくるだけだからだ。しかし、今回は正式なリイシューだとして、大々的な告知も見受けられた。後期コイルの重要メンバーだったタイポールサンドラことティム・ルイスが新作『ザ・ゴールデン・コミュニオンズ』を、かつてのパートナーだったドリュー・マクドウォールが初のアルバム『コラプス』を発表したこともあり、この辺の人脈がコイルの再発にも目を向けたのではないかとファンは予測した。更にはコイルのお蔵入り音源として名高い『バックワーズ』が突然の復刻。『ザ・ニュー・バックワーズ』として生まれ変わった作品が08年に出ていたことでも知られるこの音源。かねてから一部がロシアで出た編集盤に入るなど、ちらちら顔を見せてはいたが、ここにきて本体がお目見えとなった。リリース元はナイン・インチ・ネイルズの音源をコイルがリミックスした『リコイルド』を昨年出したコールド・スプリング。ここは今年になってからモスクワでのライブ記録DVDもリリースしている。が、今回のリイシューはコールド・スプリング主導ではないそうなのだ。

さて、前置きが長くなったが、今回のリイシュー企画について説明しよう。「スレッショルド・アーカイブ」と呼ばれるこのプロジェクトは、コイルの初期~中期音源を復刻したものだ。8枚のCDが同時に発売され、その殆どにデモ音源といった未発表のマテリアルが収録されている。初お目見えとなるものもたくさんあるようで、ブートには出来ない仕事だ。出た8枚は以下の通り。

・『パニック』
(アルバム『スカトロジー』の時期に出したシングル『パニック』とそれに関連した音源)
・『ジ・エンジェリック・カンヴァセーション』
(デレク・ジャーマンによる同名映画のサウンドトラック)
・『ジ・アナル・ステアーケース』
(アルバム『ホース・ローターヴェイター』収録曲のシングルカットと、その周辺の音源)
・『ザ・ホイール』
(『ホース・ローターヴェイター』とその未発表集『ゴールド・イズ・ザ・メタル』周辺の音源)
・『ザ・コンシークエンシズ・オブ・レイジング・ヘル』
(クライヴ・バーカー監督『ヘルレイザー』に使われる予定だったサウンドトラック集とその時期の音源)
・『ロング・アイ』
(90年にステファン・ヤヴォルジンのレーベル「ショック」から出したダンス・チューンとその周辺の音源)
・『ウィンドウペイン』
(コイル最大のヒット曲?とも言われるダンス・トラック。ワックス・トラックスといったレーベルが配給したこともあり、入手は楽)
・『ザ・スノウ』
(これまたダンス・チューンで、タイトル曲とそのリミックスをコンパイル。『ウィンドウペイン』共々配給に恵まれており、最も安価で入手できるコイルの音源とも言われていた。ミュートビート・マニフェスト人脈など、参加も面白い)

ソレイル・ムーン、ユナイテッド・ジャナ、日本ではディスクユニオンが仕入れるなど、ディストリビュートも広かった今回のリイシュー。現時点では発売延期になるところも出てきているが、実際に発送が開始されている。自分はまずは『エンジェリック・カンヴァセーション』を購入。遅れて『ロング・アイ』と『コンシークエンス~』、『パニック』、『アナルステアーケース』、『ザ・ホイール』を頼んだ。まだ『エンジェリック』しか届いていないので、今回の文はその段階で書いているということをご了承ください。
現時点では復刻の範囲が90年代前半までに絞られており、今後もリリースが続けられていくかはまだ不明。この辺は軒並み廃盤だったので、これらだけでも事件だが、この8枚になったのは版権の都合からか。まずは『スカトロジー』や『ホース・ローターヴェイター』を復刻すべきだとは思うのだが。

angelic
実際に届いた『エンジェリック』。興奮しながら開封してみてビックリ、なんと
デジパックのケースに裸でCDが封入されているだけだった。ライナーも一切なし。CDの裏面は案の定わずかなダメージを受けているなど、そのパッケージはじめとした仕事には疑問が残る・・・。ちなみにCDのプリントは黒。オリジナルは黒と白、そして金色(見たことないですが)だったはずだ。

次に内容。何の概要も書いてないため、リマスターされているかもわからない。とりあえずインポートしてみた。
そこでもビックリ、なんとオリジナルと曲数が異なっている。タイトルも「The Angelic Conversation (Instrumental)」とCDDBには登録されている。よく見たら、オリジナルの最初の3曲が一まとめのトラックになっていたのだ。曲順も多少変わっており、「フィニット・ベース」が先に来ている。映画の曲順に準じたのかと思ったが、長らく見返していないため、それが正しいのかはここではわからない。後日チェックしてみようか。そして衝撃の事実が発覚する。CDDBにあるインストゥルメンタルの文字。よくチェックしないで買った自分が悪いのだが、ソレイル・ムーンのディティールにはハッキリと「別バージョン」、「シェイクスピアのソネットはなし」を意味する記述があった。そう、サウンドトラック及び映画の白眉と言っても良い、ジュディ・デンチによるシェイクスピアの朗読がオミットされているのだ。許可が取れなかったのだろうか?「アーカイブ」だから、正規の音源じゃありません、というわけでもないだろうに、謎だ。スレッショルト公式ページでは同作のWAVファイルが売られているが、これはオリジナルに準拠。流用するならばこうして内容自体を編集する意味はないわけで、わざわざ作り直したということになる。
オリジナルとの比較はそこまで腰を据えて行っていないため、まだまだ違いは挙げられそうだが、一番のショックはラストの「モンテキュート」が未収録なことだ。これはコイルが『スカトロジー』に収録していた傑作「アット・ザ・ハート・オブ・イット・オール」の別バージョン。こちらもデンチによるソネットの朗読が添えられている。クラリネットの音色が官能的で、映画のクライマックスはこれしかあり得ない程の逸品。これがないのはちょっとやりすぎではないだろうか。

まだ手元にあるのがこの一枚だけなので、他との比較はまだ出来ていない。が、全部こんな感じの仕事だったら、心の底からは喜べないだろう。とにかく音源を詰め込んだ他のCDでは、今回のような収録漏れはないとは思うが、ライナーから媒体への配慮まで欠如したプロダクトには首をかしげざるを得ない。一連のアーカイブに関わっているのはピーター・クリストファーソンの友人と、ダニー・ハイドだそうで、ここも少し気になる。ハイドはサイキックTV時代からの付き合いで、オウラル・レイジとしての活動や、NINのリミックスを手掛けるなど、コイルと交流は深い人物だ。『バックワーズ』をリメイクした『ザ・ニュー・バックワーズ』にも彼は大きく関わっている。『バックワーズ』の復刻も彼によるアイデアとのことだが、これに関して後期のサポーターであるティム・ルイスは否定的だった。『バックワーズ』は出来が悪い、出すのは信じられない・・・と新作発表時のインタビューでもこぼしていた。今回リイシューされたのは初期から中期にかけてのダンス時代の作品ばかり。ハイドが大きく関与していた時期の録音でもある。だから偏りのあるラインナップなのだろうか?
90年代後半、テクノやIDMと呼ばれる音楽との融合に成功したコイルの諸作は傑作が揃っている。『ミュージック・トゥ・プレイ・イン・ザ・ダーク』、『アストラル・ディザスター』、『ブラック・アントラーズ』、そして『ジ・エイプ・オブ・ナポリズ』・・・これらはルイスが大きく関与していた作品で、彼のイエスなしでは簡単には復刻できないだろう。ハイドはこの辺の話もつける、もしくはつけているのだろうか?これらの作品はほぼ全て廃盤。とんでもない値段で出品されていることが珍しくないので、きちんとした価格と場所で発表されることは何よりも望ましい。同様に『スカトロジー』と『ホース・ローターヴェイター』も復刻されるべきだ。中途半端な時期の音源だけがフックアップされ、期待と不安が半々といったこの企画。来年には進展があるのだろうか。欲を言えば、DVDボックス『カラーズ・オブ・オヴリヴィオン』と衝撃のUSBメモリ『タイムマシーンズII』をもう一回・・・なんて。。

15.11/10