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友人に激しく勧められた結果、『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』三部作の二作目『キルケーの魔女』を観るため映画館へいく。劇場へ行く前にアマプラで第一作もいっといたぞ。リアルタイムでガンダムの映画を見るなんてはじめてかもしれん。金沢駅前にイオンシネマがあったので、ついでに初利用ときた。 会話劇が多い。場面が移り、ガンダムや戦艦やモビルスーツが動き、そしてマンツーマンないし会議の場面になって会話が続く。それもあんまり口論めいたものは少なく、喫煙所内のダベリみたいなのが存外多い。フィクション的な軍人や政府高官の会話、いうなれば、想像しやすいようにサラリーマンの生活の延長線上としてデフォルメしたものといえばいいか。『ガンダム』の影響を受けたであろう『タクティクスオウガ』、そのリメイクにくっついてきた過剰な説明セリフに傷つき続けている身からすると、『ハサウェイ』の世間話と腹の探り合いを兼ねた会話はよくも悪くも刺激がない。過去の『ガンダム』シリーズを見返したら、全部こんな感想になりそうだな。 とにかく視覚に対して素直になれる作品だった。東南アジアの街並みや広大な海、空、朝焼けなどの美しい背景は実写をベースにしているであろうが、ただのハメコミではない(モビルスーツの挙動は流石に作り物であることに引き戻されるが、こうした場面は夜や未明が多く、当然ながら光ありきでものを見ていることを教えてくれる)。見入るほどに綺麗だが、作り物らしさもあえて残されている。相反するように見えるこの感想を行き来できる。室内の会話シーンのカメラワークなんかも実写のようだが、動いているのは二次元のキャラクターであることを何度も気付かされる。このコラージュ的な画が、非実在的なものをあるように描くという、ある意味映像作品の命題に応えている。そんな不思議な映像だった。アニメじゃないわけはないが、ホント(実写)のことのようである。そしてこのように描かれる風景(自然)に対して登場人物たちが無自覚なところがいい。地球環境がモチベーションだった『逆襲のシャア』を知っていると、この対比が面白く映るし、いつあちらに引き戻してくれるのかが期待できる。宇宙が舞台になっているのは今のところ第一作だけだからだ。そして『逆襲のシャア』や、そもそもガンダム自体を知らない人にとって、物語が宇宙に飛び出した時にどれほどのカタルシスになるかが気になる。あくまでガンダムをまったく知らない人に向けて作られているはずだろうし。 ただすいません。固有名詞が覚えられないです。実在の地名(アデレードなど)と、個人名やテクノロジーの名前がほぼ同じ語感なので耳だけでは混乱する。情勢はすべて口頭、マフティーの仲間たちも知らないうちに死亡したり消息不明になったり、恋愛事情も断片的な映像で振り返られたりして、詰め込みすぎの感はあった。映画を見てると時間の把握が難しくなる自分としてはなおさらである。異なる時間を挿入するモンタージュ的な作法は、情報過多な映画にあまり合わない気がする。次回作はまた5年後とかいわれてるが、さすがにモチベーション持ちません。テロや紛争の描写はどれだけリアルに描いてもフィクションであることを強調してしまうのは、いま・ここを知る人には言うまでもないだろうが、この感覚は5年後(に続編が出るとしたら)どうなってるのだろうか。興味があるとかでなく、むしろ作品そっちのけの不安を感じる。 (26.2/9) |
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