レトロくん (noteより)

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そろそろ完成させたい『自伝的に記述されたビデオゲームの再読』。20代までに遊んできたビデオゲームを文学として振り返るのがコンセプトなので、必然的に自分の過去も思い出される。退行的な気分になるのは仕方ないが、あくまで現在の視点から過去を見る本なので、懐古を一義にしないように心がけてはいるが。
大切なのは記憶の再現ではなく再訪であり、現在の自分が過去から拾ってきたものを新しい何かへと置換することだ。このアイデアはGhost Box Recordsのジム・ジュップや、captainhowdieといった作家たちと話していくうちになんとなく言語化できるようになったし、サイモン・レイノルズ『Retromania』のような書籍を読んでも感じるところであった。
自分の制作物を振り返ってみると、多くがノスタルジーに端を発しているし、これからもそうである気がする。きわめて個人的であり、他人ないし外の世界に向けるのが第一の目的ではない。一個人が知らずして失っていたものを回復させようと挑戦しているのかもしれない。こう書くと、寄稿など他人を巻き込んでいることに申し訳なさを感じることもあるにはあるが、あくまで第一の目的ではないということで。

『ビデ再』は完全に個人の執筆なので、より内面に根差した、ノスタルジーを燃料とした本となる。本の中ではコンシューマー(家庭用ゲーム機器)のタイトルに限って書いているが、もちろんPC上で動かすゲームも強力な過去の一部として残っている。ただ、こちらは体験がインターネットとセットになっているため、ゲームそのものを綴ることが難しい。それほどまでにインターネットが自分のレトロ嗜好、レトロ癖、レトロ世界観を形作っているのは間違いない。それぞれ「自分が生まれる前の時代のものに惹かれる」、「自分より年上のものか確認する」、「過去にこそヒントがある」と定義すればいいか、現実の認識のし方にまで根差すものなので、ゲームの範疇に留まらない。

わが家にインターネット回線が引かれたのは中学生2年の終わり(2002年後半から2003年初春)ごろだったと記憶する。Internet Explolerをブラウザに、Yahoo検索からインターネット上にアップされた情報を探す習慣が自然とついたのだが、その動機のほとんどはゲームにまつわる情報収集だった。特にPC上で動かすゲームは起動の設定の時点で苦しむことも多く、それまではカセットやCDを本体に挿入して電源ボタンをONにするだけのものが、自分でトラブルシューティングをする必要があった。たとえば後述する『m.u.g.e.n』は、dosモードで起動する必要があったため、Windows XPユーザーとしては色数を256色にまで落とさなければならなかった。このように集めた情報を手がかりに起動させるまでの過程も、ゲームの体験に含まれるようになった。遊んだゲームは数知れないが、今書いたように検索するところまでセットだったものといえば3つ。『m.u.g.e.n.』、『RPGツクール2000』、そして『bm98』である。個々の紹介をすると収拾がつかなくなるため、特に自分のレトロ嗜好・レトロ癖を助長した『ツクール2000』と『m.u.g.e.n.』に限って書き出す。

『RPGツクール2000』はアスキー製のゲームエディターで、簡単にいえば用意されたグラフィックやBGMを組み合わせて、自分でRPGを作るものである。すでにスーパーファミコンで『スーパーダンテ』、PSの『3』と『4』を遊んでいたわたしにとって、何より衝撃であったのは、ローカル(PC内)のデータをインポートして素材として使用できる点であった。自作のスプライト(グラフィックのこと)や音楽の使用が想定されていたはずだが、(ユーザーが勝手に吸出した)既存のゲームのスプライトを入れることは誰もが試したと思う。わたしも『Final Fantasy』(FF)シリーズのモンスターのスプライトを(なぜか)公開してるサイトからダウンロードしては、ツクールにインポートしていた。自分が借り物で遊ぶ、とにかく外から引用するという手癖はここに萌芽があったといえる。
当時の記事を見るに、すでにJASRACが個人サイトで公開している音源も規約の対象にしていたようだが、あのころは既存のゲームの音楽を耳コピしたmidiなどの音楽ファイルを公開しているところが多くあった。そこから曲をダウンロードし、村やダンジョンのBGMとして使用した。
ツクールはプログラミングというよりは既存の命令を組み合わせてゲーム内のイベントを作っていく。そういう意味では専門的な知識はつかないが、変数の調整は可能性が広く、一件実装できそうにない動作を実現することもできた。これらのテクニックもすべてネット上で共有されている。上下左右の旧『ドラゴンクエスト』や『FF』方式の移動システムのはずが、斜めに移動できるようにする(そう錯覚させるようにキャラクターの座標を移動させるコマンド)命令文を知ったときは衝撃を覚えた。
当時の話になり恐縮だが、ある時期に配布された製品版の修正パッチを体験版にあてると、それが製品版になる不具合があったと記憶している。覚えている人いますか?

『m.u.g.e.n』についてはこちらの記事でも書いているが、簡単に言えば自分でアニメーションを用意し、プログラムを組むことで好きなキャラクターを対戦させられるゲームである。遊ぶ側はキャラクターをダウンロードして追加するだけなので、敷居自体は低い。オリジナルのゲームに忠実な挙動をするものから、とんでもな動作をみせるオリジナルキャラクターまで、その創造の幅は広いものがあった。特に動画サイト登場以前は、スクリーンショットや短い動画ファイルがキャラクターの存在の証拠にならなかったため、フェイクもたぶんに存在していたが、その虚実ない交ぜの状況も今となっては心地よかったと思える。
キャラクターと同じようにステージやBGM、メニュー画面のデザインやSEも自分で設定できるのだが、BGMやSEがキャラクターと同じように平然とアップロードされているのも珍しくなかった。背景画像だけ欲しかったつもりが、フォルダにBGMまで同梱してあった件は数知れない。
このゲームについて調べたから外国のサイトに対する耐性というか、日本語以外の文章の羅列に慣れたといってもいい。中国やブラジルのフォーラムではキャラクターファイルのシェアが日常的に行われており、明らかに日本のサーバーからはアクセスが難しいアップローダーへ出入りする習慣がついたのもそのせいであった。

『m.u.g.e.n.』や『ツクール』の素材集めに励む過程では、過去と現在が一直線になる瞬間が多々あった。基本的にROM、コンシューマ用のソフトのそれから素材が吸い出されるため、必然的に過去にリリースされたタイトルから多く作られる。よって『m.u.g.e.n.』をきっかけに、知らない対戦格闘ゲームのキャラクターに詳しくなった。『天外魔境 真伝』(北米輸出時の『Kabuki Klash』の方がなじみ深い)のようなネオジオの作品や、『堕落天使』なども『m.u.g.e.n.』もなくしては知り得なかっただろう。いつしか「このキャラクターとあのキャラクターは見た目が、あるいは性能が似ている。少し前に発売されたあのゲームに影響されたのだろう」といった比較が楽しみの一つにもなった。対戦格闘ゲームはサンプリングとアレンジで成り立っており、何かしらの踏襲もといイタダキが目に明らかな世界であった。ここはわがレトロ嗜好にとってもかなり重要で、すでに小学校高学年の時点で任天堂『大乱闘スマッシュブラザーズ』、エニックス『ドラゴンクエストモンスターズ』、そしてバンプレスト『SDガンダム G-GENERATION』シリーズで、データベースも兼ねたゲームを見知ってはいたが、インターネットによって得た情報を集めてひもづけていく経験は『m.u.g.e.n.』が最初だった。

レトロくん(『スーパーロボット大戦』の場合)

文筆が捗らない時はレトロゲームに逃げがちである。が、現在書いている『ビデ再』の主題が主題なので、現実逃避としてのレトロゲームが現実のことばかり考えさせるから本末転倒。間をとって、他人がYouTubeに上げてるプレー動画をBGM的に再生している。サイモン・レイノルズはコレクションから引っ張り出すのが面倒だから所持してる音源もデータで聴くこともあると『Retromania』に書いていた。ゲームだって遊ぶのがそもそも面倒なもんだし仕方なかろう…。ファスト映画みたいな消費の仕方は、もともとストリーマー(昔でいう動画勢)という層があったビデオゲームの方が早くに定着したと感じる。
最近見た動画はPS時代までの『スーパーロボット大戦』(バンプレスト)シリーズである。このゲームは筆者にとって重要で、無数の過去(昔の作品)を並列し、接続するレトロマニア的資質を磨いてくれた。限られた層にアピールするゲームゆえ、ビデオゲームのジャーナリズムに引っかかることはまずない。こんなところで、レトロマニアの温床たる90年代に産み落とされたスパロボを語る人がいてもいいのではないか。

『スパロボ』は90年代後半から常態化するオールスターもの、無数の作品が垣根を越えて一堂に会するタイプのアレである。キャラクター単位でコンテンツになるところは昨今のガチャにも通じているかもしれない。
はじまりはバンプレストの「コンパチヒーローズ」第一弾として1990年に発売された『SDバトル大相撲 平成ヒーロー場所』だが、その露払いには87年の『SDガンダムワールド ガチャポン戦士 スクランブルウォーズ』がある。いずれもカードダスやプラモデルのようなグッズ展開の一環であった。第一作となった『スーパーロボット大戦』(1991 ゲームボーイ)は登場するロボットたちをキャラクターに見立てた(ゲッターロボが勧誘しているセリフだけ有名)内容であったが、同年12月の『第2次スーパーロボット大戦』からは作品単位でのクロスオーバーが実践された。ここでいうクロスオーバーとは、数多の作品を『スパロボ』という場に収束し、個々の設定を関連付けた世界観の提示である。さすがに独立した作品の集まりという前提は忘れてはいけないので、ロボットやキャラクターたちの正式な情報は後のシリーズで図鑑として記録されている。ゲーム自体が脚色をほどこしていることが多いため、うっかり『スパロボ』だけで原作を見た気でいると、いざその作品を好きな人と話した時に痛い目をみる。今は配信サービスなどで簡単に見られる作品も多い。

上にも書いたように、既存のロボットアニメたちが絡み合う世界が『スパロボ』の妙である。マジンガーZとゲッターロボとガンダムが同じ世界に存在し、キャラクターが対等に話し合う。個々の設定が互いを補足し、時にご都合主義のオリジナル設定が自然に盛り込まれ、どこからどこまでが公式でそうでないのかが曖昧なままシナリオが進められていく。作品をまたいだ演出では他作品のキャラがもう一つの作品のシチュエーションをなぞるものもある(『∀ガンダム』のジョゼフによる「やったぜフラン」は、あるシーンで『Vガンダム』のウッソが「カテジナさんっ」と叫ぶ展開に置き換えられている。なんのこっちゃわからん書き方だが、伝わればもういい)。そのシナリオ及び道中の演出はすべて作品たちの版元に打診しており、二次創作をオフィシャルに行なっているといってもよい。
筆者が初めて触れた『EX』(1994 SFC)や、リアルタイムで立ち会った『α』とそのボーナスディスク的出自である『α外伝』などの登場作品は、自分が生まれるよりも前の時代に作られたものがほとんどであった。2000年代前半のアニメはデジタル作画がすでに浸透していたこともあり、それ以前の技術で作られた作品たち、という印象もいつしか抱くようになり、実際にどんな作品かを確かめるためにレンタルビデオ屋へと出向くようになった(旧作扱いなのですべて100円で1週間借りられた)。
さらに『α外伝』では当時放映終了まもない『∀ガンダム』が大きく取り上げられていたのも大きい。『∀』を筆頭に『α外伝』のラインナップは荒廃した未来を舞台にした「ポストアポカリプス」ものが大半で、そこに『∀』以前のガンダムシリーズのキャラクターたちが過去の存在として転移していく。時代をまたいだロボットたちの差異が、そのままシナリオを肉付けしていくのは今見ても秀逸だ。
『∀ガンダム』はガンダムシリーズの歴史を一本の正史と認め、一旦の終わりを宣言したかのような内容だった。『スパロボ』をメタ的に捉えながら『∀』を骨にして物語を紡いだ『α外伝』は、過去を総覧する精神、世紀末最後の年に爆発したレトロマニア的価値観の産物に見える。


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(24. 9/13)