Boards of Canada / INFERNO (2026)

前作『Tomorrow Harvest』から13年、今日までにあれこれ書いたり調べたりしていたら、Boards of Canada (BoC)を取り巻く海外、というか英国ジャーナリズム内の言説と、彼らの背景について多少は知るところになった。その音楽から特定の色味を抜き出すことができるようになったとはいえ、ガラリと聞こえ方が変わることはなく。むしろ、せわしない世界の中で、停止した時間への解釈を続ける彼らの在り方に共感を抱くようになった。ニューアルバムが2週間ぶりだろうが、13年ぶりだろうが変わっていなければ、それでいい。そんなハードルが高いのか低いのかわからない状態で迎えた新作『INFERNO』である。

アルバムは前作同様に短いイントロからはじまる。昨年初の音源化となった1975年制作のSFドラマ『SKY』のサントラは、制作局HTVのジングルからはじまるものであったため、あらためてBoCと、かの時代に凝縮された「古く奇妙なブリテン」の繋がりを実感する。ところがリード曲「Prophecy at 1420 MHz」では、エレキギターが高らかに鳴り、同じくギターを多用した過去作『The Campfire Headphase』にはなかった80s的ハイファイさに驚かされる。「Hydrogen Helium Lithium Leviathan」の抜けがよすぎるスネアと、ワブルベースの切れ端のような音も然り。ほかにもINFERNOといった物々しい言葉選び、フォロワーであるLibrary of Occult(ジョン・ウォーターズ映画のサントラっぽい音楽ばかり出している謎レーベル)を思わせるジャーロ(イタリア映画・文学の一ジャンルでキッチュな探偵モノや猟奇モノの総称)なアートワークと、BoCがここまでケレン味を出すようなことは珍しい。

アルバムを通して再生してみれば、先に述べた意外性は先行曲や情報がピークであって、アルバム全体のムードはこれまでのBoCである。メロディではなくトーン、ひたすらに音色と響きが支配する、あのやわらかいサイケデリックだ。従来はサンプルした音声をSE的に使うことが多かっただけに、ハレー・クリシュナのチャントがループする「Naraka」は素材と使い方の両方で気を引く。しかし、「Blood In The Labyrinth」のシタールにしても、そこで描写されるのは、無邪気な東洋信仰をもったフラワームーブメントと牧歌的なサイケデリックの残響である。これらは同時代の英国~スコットランド社会にあったポピュラー文化にも波及しており、BoCの二人が幼少期を過ごした時代にはありふれた景色だった。ポピュラー文化とは、ここでは交通安全を促す教育用ビデオや上に名を出した『SKY』のようなドラマ、外資系企業でない地元のスーパーマーケットで手に入るシリアルの包装紙など、大衆に浸透していたデザインといえばいいだろうか。特にテレビの影響力はすさまじく、1970年(BoCがもっとも好きな数字「70」との結びつきを意識せずにはいられない)前後にはじまった子供向け番組は、BoCの強烈な参照元である。たとえば『セサミストリート』の音声は過去の名曲「Aquarius」や「ROYGBIV」にサンプルされている。同番組のかぞえうたコーナーには、カウントする数と同じだけ腕の数が増えていくヨガ僧のアニメーションがあり、素朴な非西欧への憧れがアシッドに表現されていた。今回の「Naraka」もそれを思い出したかのようだが、過去との違いはこの曲ひいては『INFERNO』が放たれた現実世界の様相であり、牧歌的な1970年が戦争やエネルギー危機の時間に含まれていたことを教えてくれる。ベトナム戦争から70年代初頭の石油危機に端を発するエネルギー問題に至るまで、かわいらしいサイケデリアの裏にはハーシュな現実という地獄もあった。『INFERNO』にはこの表裏関係を一枚のアルバムでフラットに提示する意図があるのだろうか。最後の2曲「You Retreat In Time And Space」~「I Saw Through Platonia」の流れは、穏やかな幼少時代と、それと同時並行だった戦争=地獄がスイッチングするようで、癒されるとも不安になるともいえない気分になる。ややオカルト的に言い換えれば、相反するものがあってはじめて人間は進歩するというウィリアム・ブレイク的世界観の説明なのかもしれない。

長い時間が経過したのち、かつて『INFERNO』をうっすらと耳にしていた世代が大人になったら、戦争、虐殺、ナフサ不足やら原子力発電所増設やらが飛び交っていた危機の時代、『INFERNO』があった今日の記憶を何かしらの表現へと置換するだろう。それにわたし(または人類)が間に合うかは、ちょっと不安である。

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(26. 6/5)