Robert Haigh and Sema / Three Seasons Only (1984)

先日ようやく手に入ったSemaことロバート・ヘイのLP。独Vynyl On Demandが出したボックスに入ってるが、あちらは盤からおこした復刻(マスターテープはもうこの世に現存しない)であり、原典を求めるなら当時のレコードを手にするほかない。こだわるほどの耳や度胸はないが、好きな作家の刻印を集めるという目的があればこそ、このレコードは買わねばならなかった。
70年代後半にFoteやTruth Clubといったバンドとして活動していたヘイが、やがてソロ名義としてSemaの名前を使うようになった。1982年から1年間にわたって『Notes From Underground』、『Theme From Hunger』、『Extract From Rosa Silber』を発表し、これらに次ぐ本作はSemaと本名の連名になっている。Semaの作品は音響という意味でのアコースティックに特化した内容で、ヘイがサポートしたこともあるNurse With Woundからインスピレーションを受けていた痕跡がある。あちらとの違いは作曲における明確な基準ないし執心があり、その対象はピアノである。ピアノは下書きも本番もできるカンヴァスのようなもの、とはヘイ自身によるたとえだが、枠組みを生むも取り除くも自在なNWWとの決定的な違いにこのストイシズムがある。この傾向が出てきたのは『Extract From Rosa Silber』B面「Anatomy Of Aphrodite」(NWWのUnited Dairiesから出たコンピレーション『In Fractured Silence』にも収録される)で、本作『Three Seasons Only』を挟み、ピアノだけの『Valentine Out of Season』と『A Waltz in Plain C』(やたら高騰している不遇な作品)、商業的な成功さえ果たしたOmni Trioのリリース、そしてSiren RecordsやUnseen Worldsから出したソロ名義の諸作へと至る。ピアノと、それを取り巻くその他参照元不明の音というシチュエーションをSemaとするなら、『Three Seasons Only』は同名義最後の作品と位置付けるべきかもしれない。

A面B面ともに組曲形式。A面タイトルはロラン・バルト『表徴の帝国』からとられていると今になって知ったが、それで聞こえ方が変わるとかはない。アコースティックギターがピアノと同じくらいに主張され、フィンガーノイズがショパン「雨だれ」のリズムあるいは雨粒的に鳴る。その後、以降のリリースでも土台として頻出するワルツを挟み、ピアノとギターの対話が続く。このように終始穏当かと思えば、そこから何かをこすったような音が淡々と繰り返される。カタルシスといえるような展開が珍しいヘイの音楽だが、前述のシークエンスを抜けた先のA面ラスト(この部分は「Music For Piano」という名前でLAYLAH Antirecordsのコンピレーションに抜粋されている)と、B面の出だしは、間違いなくこのレコードの白眉だろう。
薄暗いが、底なしに落っこちるのではなく、地に伏す寸前でちょっとだけ上昇するような波がある。状況は改善しないが、息継ぎのように光を見つけるような時間が、レコードを流している間は保証される。
楽理に疎い筆者にとって、ドリアンというモードはヘイが多用するものだという認識のままである。数多のポップスにも使われているとのことで、ヘイが特段難しいことをしているわけではない。ピアノという限られたカンヴァスの範囲内で起こる不思議を集めてみたら、ドリアンという共通項があるとしたほうが正しいか。
雨や雲のように珍しくないが見飽きることもない音楽と感じるのは、雨の多い金沢へ引っ越してきたことと無関係ではないはずだ。音楽そっちのけで物思いにふけるけれど、そもそもこの音楽がなければ生まれない時間だった。それにしてもこのレコードジャケットは音楽をよく捉えている。ここまでぴったりなのって、The Durutti Columnの初期作品くらいじゃなかろうか。

戻る

(26. 6/2)