| 『FEECO』Vol.7 でインタビューした、Leo Okagawa (岡川怜央)さん主宰のzappakから新しいリリースが2枚。うち一つが、過去にも同レーベルからリリースしたThe Deadmauriacsだった。仏在住のオリヴァー・プリウールによるプロジェクトで、これまでにもコラージュ作品を数多く発表している。zappakから出した作品はいずれも短い詩編が矢継ぎ早に切り替わっていくものだが、コンセプトをかっちり決めるきらいがあるのか、同じことを繰り返してはいない。だからこそ二枚目のリリースに至ったのだろう。 先に出した『Retour aux îles motorisées』(2023)は、波の音、鳥のさえずり、キューバ風のパーカッション、ハワイアンというコテコテのエキゾチック賛歌。しかし、各パーツの合間に分類不能という意味でのノイズが挿入されることで人工的なものであると強調される。でも、作っている当人が何を考えているのか、何が好きなのかという想像には至らず。断片的すぎるゆえに一方向的な時間を作るDJ的作劇とも思えず、ここからNurse With Woundのつぎはぎ交響曲『Sylvie And Babs』やペレス・プラード再評価の産物である『Who Can I Turn To Stereo』に似た波長を受け取る。似た、としたのはミニマルなアートワークのおかげもあって、実体験した過去への言及の含みもあるNWWの諸作以上の匿名性をも感じるからだ。 そして今回出た『Un Théâtre aux yeux clos』。「閉じた目の劇場」なんてタイトルに、同じ仏のジョルジュ・フランジュ『Les Yeux sans visage 顔のない目』を思い出しつつ再生してみれば、前作のようなエキゾ感は鳴りを潜めている。ラジオまたはトランシーバー越しの音声や参照元不明の物音またはドローンが紡がれていく構成は、いうなれば前作で蝶番的役割を果たしていた音が主体になった。構成される音は徹頭徹尾、属性のようなものが省かれたモチーフ未満の音ばかりで、ここにジャズや電子音楽(特に仏で録音されたもの)に期待を寄せていた時代への期待、というややこしくもNurse With Wound初期作品にて体感できる空気を感じるのだった。アルバムのピークといえる6曲目には主演といえばいいか、人間の声が飛び出してくるが、非言語的な音としての声の向きが強く、60年代的コスモポリタンの残像が見えないことも、ない。 岡川さんのインタビューが載っているのは『FEECO』のVol.7である。 (26. 5/9)
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