| JGサールウェルのもっとも知られたペルソナことFoetusの最新作にして最後となるアルバム。Foetusの名でアルバムを作るのが最後であって、ライブやその他のプロジェクトの活動は続けられることに留意されたし。過去にも『DUMP』や『SOAK』といった未発表・他作家への提供音源をまとめた編集盤が出ていたように、『HALT』と同じ期間に書かれた曲を収録した『LEAK』も発売予定とのこと。 Foetus名義最後のアルバムを作ると聞かされたのは、2019年11月にJGのスタジオでインタビューした時のことであった。この時点でまだ3曲しかできていないと話してくれたが、その2か月後にはCOVID-19のパンデミックがはじまり、少なくとも6年かかることとなった。しかし、あらゆる音楽を吸収するアメーバ的作法(JGは常にbandcampを巡回し、ほぼ毎月ブルックリン市内のライブ会場に足を運ぶ)がある限り、並行して続けられている幾多のプロジェクト同士が受粉して音楽的ボキャブラリーが発展する限り、JGの音楽は常に必然たりうるかたちをもって録音される。最後となる本作も例外ではなく、後述する歌詞もあってノスタルジックになる瞬間はほぼない。 あえて過去の作品に近いものを挙げるとしたら95年の『GASH』(今後2LPで再発する予定とのことだが、本作の録音が呼び水になったのかもしれない)しかないだろう。インド音楽、ビッグバンドジャズ、The Velvet Underground~Suicide的ニューヨークを「インダストリアル」という俎上で表現した意欲作で、『HALT』の「Die Alone」「Dead To Me」「The Rabbit Hole」あたりは『GASH』を研磨したかのようだ。ちょうど『GASH』でイメージが停止しているファンも多いだろうし(日本盤が出たのはこれが最後だったので)、この結果はかなり大きい。「The Rabbit Hole」で顕著なダイナミックレンジは、ストラヴィンスキーから(勝手に)受け継いだサールウェルのトレードマークである。 『GASH』どころかスタジオで作曲するようになった『HOLE』(1983)や『NAIL』(1984)の時点で、サールウェルはあらゆるジャンルを統合する。かつてサイモン・レイノルズは、一部の音だけ外部から用意したサンプルに置き換えることを臓器移植や人工股関節置換に例えた。まるで義肢を作るように、サールウェルは一つの総体のための部位として音楽をつなぎ合わせている。 このコラージュであることが自明でありつつ不自然でない世界観は、詩でも多分に反映されている。個人スケールの出来事と時事問題を混合し、時にデヴィッド・ボウイ的な謎かけ、時に要領を得ないが読まれることを前提にした書置きにするサールウェルの詩世界は、あまり取りざたされないがFoetusが歌曲である以上はもっとも重要なトピックでもある。今でもライブで演奏される「I'll Ment You In Poland Baby」は、独ソ不可侵条約が(おそらくは)自身の恋愛の経験というレンズを通して翻訳された。ニューヨークで書かれたWiseblood名義の「Someone Drawned In My Pool」は、知人であろうある妊婦が階段から落ちたことで名を授ける前の子供=誰かを失う一瞬を反復するドキュメンタリーであった。ルー・リードが『Berlin』で提示した私小説のように、自らの頭の中をノアール的に開陳するリリシズムが、強迫観念的なまでに事実の負の側面を切り出す。疑惑や恐怖症(インストゥルメンタルだが、『Dystonia』の曲名は多くが精神医学の病名からとられている)といった主題は、ある時期からより限定的な象徴として綴られる。それは戦争であり、「I'll Meet~」で取り上げた過去の大戦ではなく、リアルタイムの出来事となった911とイラク戦争である。こと2010年の『HIDE』はそれが強調されている。ベッドで眠りながら戦火に焼かれることを想像する「Oilfields」は、ルー・リード「Men of Good Fortune」の黙示録版だった。このアプローチは『HALT』でも変わることなく、まったくもって新鮮な出来事として言及され続けている。さながら『猿の惑星』の結末のように、どこまでいっても自分の知っている世界で起きている現実に打ちひしがれる受難の旅である。 「Oilfields」で傍観されていた兵士は、今回の「Succulencce」で彼自身の視点が描かれる。他者を演じるのは常に自分を媒介にしていたサールウェルにはあまりなかった方法で、現場こと戦場では加害者と被害者という関係性が「キノコ雲の中の陰謀」として消費されることを告発する。「Warships」(軍艦の群れと信仰をひっかけている)はもっとも素直かつ遺言めいた内容で、断片的に描写された情景がエイゼンシュテインのモンタージュを文字におこしたかのよう。『不思議の国のアリス』をモチーフにしたとおぼしき「The Rabbit Hole」は、The Birthday Partyがハムレットにマシンガンを持たせたようなユーモアが、ややキッチュなブラスと最高の相性を見せる。そして「Succulencce」で見せた自分自身への言及が再びなされる「Many Versions Of Me」でアルバムは幕を下ろす。人生の終わりを意識し、過去の曲の一節を羅列していくなんてことは、かつてのFoetusではあり得なかった。だが、真に肉迫すべきはそれが走馬灯的な振り返りではなく、むしろ今までの人生でサールウェルが一連の退廃を燃料としてきた事実である。HALT(停止の意)は、消滅を意味せず、むしろそのディテールを見せつけるものであった。 (26. 1/4)
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