12/10発売の『MUSIC + GHOST』で主題となるGhost Box Recordsは、音楽評論家のマーク・フィッシャーやサイモン・レイノルズが憑在論(hauntology)というタームを使用する際によく例示された。同レーベルが探求するのは50年代末から1978年の英国についての記憶だ。マーク・フィッシャーは、この志向を79年からのマーガレット・サッチャー政権によってフェードアウトさせられたポピュラー・モダニズムと形容した。 交通安全指導などの公共放送、エンターテイメント性のないライブラリ音楽、ペンギンブックスのペーパーバックといった主張することなく遍在していたものたちを思い出し、それらがもたらしていたムードを再創造する運動としての憑在論。それはあまりに個人的かつ逃避的なカウンターカルチャーであり、サイモン・レイノルズ本人をもって「更年期向けのイージーリスニングなのではないか」(レイノルズ著『Retromania』より)という自問をうながすほどであった。実際にこの手の意匠は2010年代前半からインターネット上でちょっとしたトレンドになっており、The Haunted GenerationやScarfolkといったブログが主な発信地となって久しい。Ghost Boxの共同設立者であるジム・ジュップは、自分たちがレーベルを始めて10年もしないうちに、古き英国の公共デザインはリバイバルという消費の対象になったと筆者に教えてくれた(『MUSIC + GHOST』にはジュップ氏のインタビューを収録)。 留意すべきは、憑在論という思考が音楽ジャーナリズムに導入される前からGhost Boxがその領域にいたことである。創設時から現在に至るまで、Ghost Bxはインターネットの片隅からテレビのように自分たちが幻視する光景を中継する。彼らのリミナル・スペースにソーシャルメディアなど必要なく、リスナーは交通事故のようにこの幽霊のブティックとも呼べるレーベルにたまたま出会う。最古参のThe Advisory Circleは、このコンセプトに最も忠実な作家で、昼間のお天気カメラあるいは深夜のテストパターン放送のように黙して音楽で語り続けている。 The Advisory Circle(TAC)はジョン・ブルックスが用いる名義であり、彼の活動ではもっとも知られたものだ。その特徴は「1980年まで」のエレクトロニック・ミュージックとも呼べる音楽性であり、戦後の英国ポピュラー・モダニズムへの執心に溢れている。ポピュラー・モダニズムとはユートピア思想と換言してもいいはずだ。 (22.11/18)
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