The Advisory Circle / Full Circle (2022)

12/10発売の『MUSIC + GHOST』で主題となるGhost Box Recordsは、音楽評論家のマーク・フィッシャーやサイモン・レイノルズが憑在論(hauntology)というタームを使用する際によく例示された。同レーベルが探求するのは50年代末から1978年の英国についての記憶だ。マーク・フィッシャーは、この志向を79年からのマーガレット・サッチャー政権によってフェードアウトさせられたポピュラー・モダニズムと形容した。
交通安全指導などの公共放送、エンターテイメント性のないライブラリ音楽、ペンギンブックスのペーパーバックといった主張することなく遍在していたものたちを思い出し、それらがもたらしていたムードを再創造する運動としての憑在論。それはあまりに個人的かつ逃避的なカウンターカルチャーであり、サイモン・レイノルズ本人をもって「更年期向けのイージーリスニングなのではないか」(レイノルズ著『Retromania』より)という自問をうながすほどであった。実際にこの手の意匠は2010年代前半からインターネット上でちょっとしたトレンドになっており、The Haunted GenerationやScarfolkといったブログが主な発信地となって久しい。Ghost Boxの共同設立者であるジム・ジュップは、自分たちがレーベルを始めて10年もしないうちに、古き英国の公共デザインはリバイバルという消費の対象になったと筆者に教えてくれた(『MUSIC + GHOST』にはジュップ氏のインタビューを収録)。
留意すべきは、憑在論という思考が音楽ジャーナリズムに導入される前からGhost Boxがその領域にいたことである。創設時から現在に至るまで、Ghost Bxはインターネットの片隅からテレビのように自分たちが幻視する光景を中継する。彼らのリミナル・スペースにソーシャルメディアなど必要なく、リスナーは交通事故のようにこの幽霊のブティックとも呼べるレーベルにたまたま出会う。最古参のThe Advisory Circleは、このコンセプトに最も忠実な作家で、昼間のお天気カメラあるいは深夜のテストパターン放送のように黙して音楽で語り続けている。

The Advisory Circle(TAC)はジョン・ブルックスが用いる名義であり、彼の活動ではもっとも知られたものだ。その特徴は「1980年まで」のエレクトロニック・ミュージックとも呼べる音楽性であり、戦後の英国ポピュラー・モダニズムへの執心に溢れている。ポピュラー・モダニズムとはユートピア思想と換言してもいいはずだ。
戦後の福祉国家的方針を生んだ左派的な未来観と、エレクトロニック・ミュージックの組み合わせを考えたら、どうしてもクラフトワーク(厳密にいえば『The Man-Machine』以前)のことを思い出す。『Radio Activity 』や『Trans Europe Express』に満ちた薄暗い未来観は、敗戦国ドイツにとって社会的または文化的な意味での再出発を目指すテクノロジー賛美とつがいの関係だった。TACの音楽がクラフトワーク的であるのは、音楽性はもちろんのこと、クラフトワークが音楽で表していたヴィジョンと共通性があるゆえに、である。
TACが直接影響を受けているのは、ライブラリ音楽(作曲者の明記がなく、公共放送などによく使われていた音楽)や、BBC制作の番組で耳にできたレディフォニック・ワークショップ(BBC内に設立された電子音楽スタジオ)によるスコアである。実験的でありながら、独仏の電子音楽スタジオのようにアカデミックな出自を持っていないレディフォニック・ワークショップは「ゆりかごから墓場まで」に象徴される社会主義的姿勢と、敬虔なキリスト教徒であったBBC初代局長ジョン・リース卿が掲げた「大衆のための放送」の理念が静かな化学反応を起こした結果に思えてしまう。その音楽は公的なものとして作られ、たくさんの番組を機能させるためだけに作られていたのだ。
テレビではなくインターネット上であることの違いはあれど、レディオフォニック・ワークショップ的なアンビエンス、控えめだが確実に存在する音楽的性格はTAC『Full Circle』(ひいては過去のリリース全部)に継承されている。こうした音楽は今日溢れかえっている「レトロ」や「ヴィンテージ」といったタグに回収されがちだが、ディーン・オナーのThe Sounds Of Scienceなどと聴き比べてみれば、TACが「ハイレゾな過去を描く」ことを必要としていないことに気付けるだろう。少なくとも、ジョン・ブルックスが抱く記憶はそういった形では出力されえないものなのだから。


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(22.11/18)