V.A. / Serial Experiments Lain Sound Track Cyberia Mix (1998)

表面化する機会こそ少ないが、その引力が途絶えぬ『Serial Experiments Lain』のサウンドトラック第2弾。第1弾が仲井戸"CHABO"麗市によるギター主体の内容に対して、こちらは劇中に登場するクラブ「サイベリア」(ダグラス・ラシュコフの同名著作よりとられている)でプレイされているという設定の音楽集。音楽はDJ WASEIこと近田和生(アニメにもクラブの住人J.Jとして出演)と、元データイーストの竹本晃による。WASEIは『beatmania IIDX』シリーズへの楽曲提供から人気を得たTaQとのイベント「Bounce」を共催していたため、本サントラはある意味『IIDX』シリーズの親戚のような立ち位置にも置ける。順番は反対だが、筆者が収録曲「Cloudy, With Occasional Rain」で聞こえるボイスサンプルから「IMPLANTATION」(初出は『ドラムマニア』ですけど)を思い出したことも当然といったところか。「Professed Intention And Real Intention」のスネアロールを聴いた時も、「V」を思い出した。なお、WASEI氏は2018年~19年に本作の続編的な方向性をもったアルバムを発表していたが、やはりというべきか当時の空気のようなものがない分、良くも悪くも別物の感は否めなかった。 

とにかく「当時の」クラブ・ミュージック、その典型が詰め込まれているサンプラー的一枚である。収録曲はジャンル分けが目的化(のちの『beatmania IIDX』シリーズがアイデンティティにしていく部分でもある)したかのごとく、それぞれの曲が他とのスタイルの違いを提示している。UKライクなブレイクビーツ「Prayer」、横田進またはヒロシワタナベ的なデトロイト・テクノの派生といった趣の「Island In Video Casset」、上にも名前を出した「Cloudy, With Occasional Rain」はジャングル~トリップホップ的である。トライバルな「Psychedelic Farm」は、サントラ発売の約一月前に稼働していた『beatmania 3rd mix』収録の「trive groove」(これもヒロシワタナベ仕事である)を思わせる。808風のバックにアニメの主人公・玲音役の清水香里によるスポークンワードというか、英文読み上げが乗る「INFANiTy World」はヒップホップではなく、ナード版Young Marvle Giantsと適当にかましてみる。ラストはオープニング曲「Duvet」のTVサイズだが、実はCHABOの方のサントラや後にリリースされたBôaの『Tall Snake』EPにも未収録である。

普段からといえばそうなのだが、ここ最近は98年のことをやたらと考える。アニメとゲームの『lain』が世に放たれ、ここ最近に筆者が再読し直した『ゼノギアス』が発売された年でもある(興味深いことに『ゼノギアス』も主人公が多重人格である)。この年に筆者は10歳で、嗜好が形成されていく時期だったといえる。ゲームやアニメ、玩具を見るにしても、好きなものとそうでないものの差異が感覚的につけられていく。ある作品を直視していなかったとしても、無意識下へと刷り込まれていたことに後から気付く。つまり、作品と出会っていないと同時に、出会っているニアミス的な経験だ。音楽の聴取はこちらの心身を包み込んでは染み入るという点で、ひと際このニアミス体験に近いかもしれない。別々のタイミングで出会った本サントラと『IIDX』シリーズがお互いを連想させることは必然ではないが、偶然で片づけられることでもない。
『lain』は深夜帯で放映されていたし、『ゼノギアス』も難解な内容なので、内容を把握できるのはもう少し歳を重ねてからのことになるのだが、それゆえに「当時に現在の年齢であったら」という無意味なシミュレーションがやめられない。ただ居合わせただけで、受け止めていなかった98年の空気、そのパラドキシカルな感覚に心が開かれる。それは曖昧で捉えられないから、人は漫画や随筆や音楽、その他いろいろな手段でその空気がある方へと向かっていく。たとえば『FEECO』vol.4に漫画を寄稿してくれた溝口さんは、過去にその名も『98』という当時を舞台にした作品を描かれていた。ああいう放浪的なタイムトラベルが我々には足りない。
98年以降に生まれたもの、それこそ2022年に生まれたものからも同じような感慨を受ける時がある。ホルガー・シューカイが「すべての宗教が本質的に共有しているものを追求している」といったような言を残しているが、これと似ている。どーしても音楽そのものをそっちのけにしてしまうのはご愛敬。


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(22.5/5)