ビデオゲームにまつわる書籍やグッズ(半分オフィシャル?)を取り扱っている米国のサイト、fangamerから『ローカライズの伝説 第2巻 マザー2』が刊行されたので即座に購入した。これはトマト(またはマト)ことクライヴ・マンデリン氏による著作で、日本のビデオゲームが海外に輸入される際にどんな翻訳、変更がなされているかを検証した本である。第2巻とあるように、これはシリーズもので、前作はFC『ゼルダの伝説』だった。写真で見ただけだが、今回の『マザー2』もとい『Earthbound』(海外名)は分厚さが前回の2倍ほどになっており、『マザー2』が如何に膨大かつユニークなテキストに満ちているかが伺える。 冒頭の数ページを読むだけでも、この本は翻訳(translation)を語るものではないことがわかる。同時に、英語圏に輸出することは、輸出先の文化とフィットするように再構築することに等しいということにも触れられる。プログラミング、グラフィック、レギュレーション、全てを見直さないといけないのだ。著者はこれを総括してローカライズと呼んでいる。ローカライザーという呼称も海外圏ではたまに見かけるが、日本では浸透していないようだ。それどころか、題材においても「マザーって糸井重里さんが作ったアレでしょ」程度の認識で留まっているかもしれない。ゲームは多くの人間が関わって作られるものだという説明も、本書では工程ごとに取り上げられているので勉強になるかもしれない。 自分も実際に読んでみるまで勘違いしていたのだが、著者は『Eathbound』のローカライズに参加したわけではなく、むしろ遊ぶ側だった。ローカライズはマーカス・リンドブラム氏を中心とした日米のスタッフが手掛けたもので、著者はファンサイトの一環で『マザー2』と『Earthbound』の比較を始めたのだそうだ。90年代末の話で、インターネット上のファンたちの協力と共にその検証は進められたという。なお、著者のトマト氏は日本の作品の翻訳を多く手掛けており、ゲームではファンと協力して『マザー3』の翻訳を公開している。オフィシャルのリリースは未だにないそうだ。氏のバイオグラフィーも本の冒頭に書かれていて、写真が面白い。 実際に本を作るにあたって、著者は日米間を何度も往復した。物理的な意味でのそれではないと思うが、リンドブラム氏はもちろん、糸井重里氏にもインタビューすることで二つの文化圏を巡る旅をしたと言ってもいい。コンサートのチケットに使われるS、Aといったランク分け、とんかつ屋、KKKすらも話には登場している。『マザー2』と『Earthbound』、二つの言語と世界観を並列することはそれほどに膨大なプロセスなのだ。ページを少しめくってみれば、如何にこの複雑なセリフに満ちた世界を変換することが難しいかわかるだろう。メタフィクション、片方の国にしかない表現や土地、暴力表現または著作権・肖像権、ダブルミーニング・・・言語よりも先に歴史に触れねばならないという道のりが容易に想像できる。その努力量にまず腰を抜かす一冊だ。まだまだ読み切れていないため、しっかりとした感想を書く段階にも至っていないのだが、ざっと見るだけでもそのクオリティの高さに感嘆できることが伝われば。 オールカラーな上、スクリーンショットを並べることで比較しやすいデザイン面の配慮もさることながら、要所で出てくる図版や一言コメントは糸井氏のエイプが出していた攻略本を思い出させるもので、ここも個人的にポイント高であった。参考となる画像はあちこちから引用され、見ているだけでも気になる箇所がたくさんだ。例をいくつか挙げてみよう。 今年は前半にマンガを、後半では短い文章を英訳する機会があった。前者は客観的に見てもらったこともあり形になったが、後者は作業の真っ最中で、発表にまで至らないものも多いかもしれない。それでも、こんなに英語漬けになったことは久々で、実際に記事を書くのはこれが初めてと言っても良い。そんな時期にこの『ローカライズの伝説』を読めたのは僥倖だった。翻訳とローカライズは異なるという前提は、個人的に大きな、そして前向きにさせる類のショックだった。 自分の文章を英語にしていると、疑問の連続どころではない。そのうえ、更なる課題として、文法の正誤以前に構造そのものを向こう用にチューニングしないといけないのだ。ニュースの翻訳なら話は変わってくるだろうが、私の希望している分野は、そうでない。 (16.12/21) |
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