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在庫ゼロのまま放置していた『FEECO』のバックナンバーを少量ながら補充することにした。誤字脱字には困らないため見返すのも難しく、ほぼ手をつけずにそのまま再刷した。誤植は運命(by阿木譲)。 5号が再読に堪える理由は、活動報告が一義であったことも大きいはず。一つ一つのトピックを記事として、完結したブツとして提示するという前提が、普段よりも希薄だった。よって備忘録的な内容になり、気張らない文章に着地できた。過去に完結させてきた文章が容易には読み返せないのは、自分の痕跡を探してしまうからである。評論ではなく記録を第一とした仕事にもかかわらず、我が出てしまう悪癖は抜けない。 外からの視線といえば、最近になってやってきた新しい悩みというか課題にも該当する。それは『Somnambulant's Still Asleep』をきっかけに、ごくわずかとはいえ雑誌に興味を持ってくれた方々が、おしなべて若いことである。15歳~20代前半が主であり、これらは元来の雑誌の購買層からは正直外れていた。もとより難解な専門用語には依存しない文章づくりを心がけていた(ていうか使えるような知恵がない)が、いざ若年層に読まれるとなると、相手にとって文章が壁になってしまうことが気がかりなのである。読む側は書き手の図りごとも見栄もたやすく看破するため、こんなことを考えるのはお節介にすぎないのだが。
(24. 4/26) |
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