『母と暮らせば』のことを思い出した

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パンデミックになって以降、同志社大学のある今出川方面を歩いていないことに気がついた。正確には最近まで住んでいたアパートの仲介業者が今出川にあって、契約時に店舗を訪れはしたが、それだけであった。道中も歩きで今出川駅まで行き、そういえばこの辺には昔ゲームセンターがあったなと思いながら同志社大学周辺に辿り着いた。学校の制度が変わっているのかはしらないが、外面である校舎にあまり変わりはなく、これといった印象も持たず。そもそも同志社は友人が何名か通っていた大学程度の認識であり、さほど思い入れはない。ないのだが、学校所持のシアターめいた空間で山田洋次『母と暮らせば』を観に行ったことを、別館(レストランが入ってるとこ)の前を横切る際に思い出したのだった。検索してみたら2016年6月のプログラムとのこと。もう亡くなった祖母が観たいというので、同伴者としてついていった。
映画の音楽は先日亡くなった坂本龍一が手がけている。訃報に際して、少し先に亡くなった高橋幸宏とともに同世代であった老母がショックを受けており、コロナで仕事が立ちいかなくなって以来ずっと囚われ続けている今日までの後悔と、残り時間の短さへの恐怖が、二人の死(そしてメディア上で回顧される時に出てくる昔の写真とか)によって強まっているようだ。その姿は後述する映画のあるシーンを私の記憶から呼び起こした。こんな風に小さな偶然が重なり、同志社へと足が向けさせたのかもしれない。

開かれた上映会の客層はみな高齢者の女性であったと記憶する。主演は吉永小百合と二宮和也。娘と孫の世代の共演が視聴者に親しみのような感情をもたらすのだろう。私が祖母から受けてきた愛情と同じタイプの感情がスクリーン上の二宮に向けられている気がした。
祖母の視線を向けられてきた私が、同じものを向けられている二宮を見て、それを察するという体験は今になって思えば重要な時間だったかもしれない。BBCが組んだジャニー喜多川の番組が話題になっているらしい今にこんなことを書くのも気が引けるけど、それ以来、二宮和也は私にとって霊的アイドルの一人である、他人と話す時は手っ取り早く「好きだ」ということにしている。でも活動を追うようなことは一切していない。

『母と暮らせば』の要は原爆で息子を失った母親と、霊になって現れた息子の対話という出来事そのものである。親子以外にも無作法だが愛嬌のある隣人のおじさんだかもでてきて、戦災を生き延びた人間同士がゼロから物事を始めたり、マイナスにあたる戦争被害そのものをぬぐい切れず、拘泥する時間が描かれている。吉永演じる母親はクリスチャン。信仰と現実に、幽霊の息子という非現実が挟まってくる。フィクションだからこういう描かれ方をしているのであるが、死んだ人間は残された人間の内側に生きているという感覚が身に着いていれば、何もおかしなことはないと思える。このようにしてしか描けないとした方がいいだろうか。宗教といっても信ずる人間のあらゆる要素を構成する一つの色に過ぎないと言われているようで、それぞれ異なるはずの人間に結びついているのが戦争という見方もできる。そして、それは決してなかったことにはできない。
上映後に祖母が「ああいう人も珍しくなかった」と吉永二宮親子を指して話していたが、身の上のことなのか母親(吉永)の体験についてなのかはわからなかった。

終盤に吉永が息子に対して、「お隣さんの子供は生きている、しかしお前は死んでしまった、代わりにお前が生きていればよかったのに」という旨で嘆き、嗚咽し、息子に諭されるシーンがある。ここ数年のわが母の愚痴もこれに類するものであり、だからこそこの映画のことを思い出してしまった。外の世界が現在の自分と離れすぎていることへの怒りや恐怖が妬みのようなものになる。とはいえスケールが違いすぎるんだけどなァ。ここまで書いていて、もう一軒思い出した。高校生の頃、突然来なくなった生徒がいた。数週間後、その人が突然死したことを担任がホームルームの時間に告げた。担任が「ご家族の方が『なぜたくさん子供がいる中でうちの子なのか』」と話されていた」と言っていたのは覚えている。15年以上前のことなので、クラスの反応もその同級生の苗字さえも覚えていない。

他人の感情を怒りや妬みという一語で形容することで、それを矮小化してしまうこともある。感情の表現を他人が勝手に意訳しているようなものだ。本当のところは当人の中でしか生き得ないものなのではないか。映画の二宮が吉永を諭すのも幽霊であればこそ、息子が自分の内面に生き続けているからこそである。だからこそ吉永演じる母親は往生できた。キリスト教的にいえば光に向かえた、だろうか。
人それぞれの決着の付け方というものがあり、それは他人がどうこう干渉できるもの、救えるものではない。他人ができることといえば、ただ何をしようとも赦すことだけではないか。そう考えると、どれだけ寛容に、善的になってもなりすぎるということはない気がしてくる。


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(23.4/13)