『あなたの聴かない世界』用メモ

MEMO

直前の更新で申し訳ないのだが、持田保さんが主催する『あなたの聴かない世界』というイベントにトークで参加させていただきます。サイケデリック、オカルティズム、ニューエイジといったエッジな分野に音楽から入っていくイベントで、今回の議題は『England's Hidden Reverse』。そして「オカルト文化とインダストリアル・ミュージック」。浅学で恐縮だが、わずかでも話が膨らむように頑張りたい。今回のトークで触れるであろう面々とその作品については、持田さんがご自身のブログで紹介しているので、参加される方は是非目を通しておくことを推奨します。私もメモを兼ねて、幾つかの作品を挙げてみる。80年代の作品が多いのは、主に触れるであろう時期ゆえに、である。

◆    Current 93 / In Menstrual Night
まずはデヴィット・チベットのカレント93から。有名な初期作『Nature Unveiled』や『Dogs Blood Rising』はライヴ一発録りに近いもので、アレイスター・クロウリーのチャントをループさせつつ叫んだり楽器をめちゃくちゃに叩くというものであった。インパクトこそ大きいが、長続きするアイデアでもなかったため、ライヴは15分が限界だったという。スタジオでの作業が主となったこちらはスティーヴン・ステイプルトンの妙技と言っても良いミキシングに支えている力作で、リリースも彼のユナイテッド・ディアリーズからである。数多の声と歌が四方八方から立ち昇っては消えていく様は、以前のアルバムとは一線を画し、それ故にループに頼る手法は完全に頭打ちとなった。

Earth Cover Earth
ラヴの『Forever Changes』に腰を抜かし、歌の力を再確認したチベットはトラッド・ソングやフォークに没入し、アポカリプティック・フォークと称されるスタイルを確立する。若いころから寵愛していたジ・インクレディブル・ストリング・バンドやコーマスを理想に、『Imperium』や『Swasitkas For Noddy』といった名作を連発。本作はこの二作の間に出されたものである。
ジャケットはISBの『Hangman's Beautiful Daughter』をオマージュしたもの。当然、音もそれに近い。デス・イン・ジューンのダグラス・ピアースや、ストロベリー・スウィッチブレイド解散後のローズ・マクドウォールなど、まともにギターが弾けて、曲も書ける仲間たちの力なくしては辿り着けなかった境地だ。

Meet Their Waterloo
今回のトークで中心となりそうなルーン研究家フレヤ・アズウィン。タフネル・パークにある彼女の家兼フラット「エンクレイヴ」はチベットやピアース、アイスランドと英国を行き来していたヒルマー・オーン・ヒルマーソンらが頻繁に出入りしては、ルーンや北欧神話の研究、そしてアシッド体験に励んでいたそうだ。そんな時期にベルギーで録音されたのがこのアルバムで、名義はジ・アライアン・アクアリアン、チベットのソロ・アルバム的なヴィジョンだったらしい。ヒルマーソンとその友人らを招いて、マーヴィン・ゲイが「Sexual Healing」を録音したスタジオにこもってみたはいいものの、ろくな曲が出来上がらず、今日ではチベットらも失敗作と認める曰くつきのアルバムになってしまった。遅れてきたニューウェイヴ調のロックでしかないが、この時のマテリアルが後にヒルマーソンとカレント93の連名で出す『Island』に繋がる。スティーヴン・ステイプルトンはこの失敗がレイ・ラ・アンタイレコーズの終了に繋がったのではないかと推測していた。

COIL / How to Destroy Angels
サイキックTVから分化したゾス・キア、ここから更に分かれて出来たのがコイル。スリージーことピーター・クリストファーソンと、ジョン・バランスによるユニットだが、彼らのヴィジョンを音楽へアウトプットする数多のコラボレーターによって成り立っていたところもある。このデビューEPは、ほぼ二人だけで作られている貴重な音源だ。カバラの数秘学に基づいたリズム(?)や、火星を意味する数字と同じだけ揃えたゴングなど、全ての要素に明確な理由がある。リチュアルな音響と、それに目的を与える過密なコンセプトはコイルの骨格そのものと言える。オリジナルはB面が溝なしツルツル。

◆Love's Secret Domain
ゴシックまたはインダストリアルというタームでも通用する『Scatology』や『Horse Rotorvator』の後に、コイルはレイヴ・カルチャーへ飛び込んだ。二番煎じの12インチを出すだけに終わらず、吸収という表現がふさわしい独自の世界を確立。オウテカも魅了する音世界を構築し、初期ワープに多かった、頭で味わうダンス・ミュージックを実現している。「Dark River」はその最たるものだ。

◆Equinox/Solstice 
ドラッグでベロベロ、倒れるまでダンス、更には楽曲という枠組みから逸脱した『Worship the Glitch』、『Timemachines』といったアシッドテストまで探求していたコイル。それまでの過程を昇華させたステップが『Equinox Solticse』の名前で出た4枚のEPだった。現在はOTOの最高位でもあるヒュメナイオス・ベータことウィリアム・ブリーズが参加している。ブリーズは70年代からOTOに関わる一方、そのキャリアはヴェルヴェット・アンダーグラウンドの初期メンバーでもあったアンガス・マクリースとのコラボレーションや、リチャード・ヘル・アンド・ヴォイドイズにまで至る。でも後者はオーディションで落ちたらしい。
ライヴでも定番だった名曲「Amethyst Deceivers」や「White Rainbow」は、ダンス・チューンでもなければ実験的でもない、クラシックのような風格を携えた美曲。彼らがヒントにもしていたパッヘルベルのマイナーコード曲が如く甘美なメロディとハーモニーに着地している。次の『Musick to Play in the Dark』ではIDMの世界に突き進むのだから恐ろしい。


◆Death in June / The Guilty Have No Pride
元アナーコ・パンクバンド、クライシスの中核だったダグラス・ピアースとトニー・ウェイクフォードらが結成したのがデス・イン・ジューン。音からルックスまでジョイ・ディヴィジョンそっくりだが、あちらが持っていた耽美さは皆無、スキンヘッドに好まれそうな無骨さが目立った。今聴いても強烈なキックを持つ「Heaven Street」は今なおインダストリアルの筋から高評価で、ダウンワーズのREGISもお気に入りだそうだ。ナチスを想起させるイメージを用いるだけならば、当時のポストパンクの一例で終わっていたかもしれないが、ダグラス・ピアースによるオカルティズムや、三島とバタイユから咀嚼した唯物論の理論武装で一つのシーンを開拓する。

◆The Wörld Thät Sümmer
デヴィット・チベットとの出会いでアレイスター・クロウリーらの影響が強くなる一方、メンバーの分散も経てピアースのソロ・プロジェクトになった時期の作品。三島由紀夫とジュネに捧げた大作で、コルグのシンセサイザーによる冷たいサウンドスケープが、それまでのゴス・ロック的サウンドを激変させ、より孤高の存在になっていく。二曲目冒頭の日本語朗読があまりにショッキング。

But, What Ends When The Symbols Shatter?
ジム・ジョーンズが率いた人民寺院をモチーフにしたアルバム。それまで均等だったナチズムと北欧神話へのオブセッションが後者に偏ったこともあってか、歴代のアルバムの中でも一際郷愁を誘う。本作の少し前に出たSwansのカントリー・フォーク名盤『Burning World』とも共振する例だ。ホーンや歌い方に至るまでスコット・ウォーカーの『Ⅳ』的なアレンジと、名エンジニア、ケン・トマスによる入念な録音のおかげもあり、最後まで力尽きることのない名盤。

◆Boyd Rice and His Friends / Music, Martinis, And Misanthropy
インダストリアル及びモンド界のタスクマスターにして裏・野坂昭如と言いたくなってしまうボイド・ライスのアルバム。ノイズ・プロジェクトのノンではなく本名名義であるように、彼の世界観が凝縮されたポエム集である。その手本はヒッピーの影響元としても高名なロッド・マッケンだ。機械的にに生きる民衆への警告を、ネロやヒトラーの再臨を渇望するという危険な形で表した「People」、マーダー・バラッド決定版「悲しみのウィロウ・ガーデン」など、デス・イン・ジューンよりも早くネオフォークの基礎を固めた重要作。バックを支えるのはダグラス・ピアースとトニー・ウェイクフォード、そしてローズ・マクドウォール。

◆Sixth Comm / The Taste For Flesh
チベット経由でフレヤ・アズウィンとコンタクトをとったパトリック・リーガス(元デス・イン・ジューン)は、自身のプロジェクトにアズウィンを招き、その筋の教典にもなる『The Fruits Of Yggdrasil』をリリース。以後も二人はライヴを行なうなど、濃密な関係を維持する。この12インチは知り合って間もない頃に出た音源で、ジョイ・ディヴィジョン的なゴス・ロックに、リーガスの歌とアズウィンの詠唱が絡み合う。

TROTH / Nidstang
いきなり2016年の作品になってしまうのだが、最近知ったTROTHがフレヤ・アズウィン関係者だったため、紹介しておこうと思う。ベルギーのTROTHはフランク・ギーンズのペルソナ。少年期からポストパンクとサイキックTVのレコードを愛聴していたギーンズは、『The Fruits Of Yggdrasil』によってネオ・ペイガニズムの旅に出ることを決断する。ビジネス・コンサルタントなどの手堅い仕事を続けつつ、フレヤ・アズウィンのFBページ管理人まで勤め、裏から彼女を支える存在となっている。このアルバムにもアズウィンはボーカルで参加、更に私が近年交流しているウェイル・ソング・パートリッジもゲストで参加しているのだから尚更驚いてしまった。パートリッジはボイド・ライスともマブダチなのだが、説明すると脱線しまくるので、ここでは省きます。

◆Nurse With Wound / Gyllensköld, Geijerstam And I At Rydberg's
オカルトもペイガニズムも興味ないよとバッサリなスティーヴン・ステイプルトンについては、今回のトークイベントでどこまで話題になるかは不明だが、先月行なってきた取材のレポートを写真付でさせていただくので、興味のある方はこちらもよろしくお願いいたします。
さて、このアルバムはデヴィット・チベットが参加するようになって間もない頃の作品で、それまでの現代音楽とフリージャズのコラージュ的な内容と少し離れて、アモン・デュール『Psychedelic Underground』的な内容になった。詠唱とも叫びともつかない声が浮き出ては引っ込んでいく不思議な感触を持つ。スウェーデンの作家にして錬金術師、ヨハン・アウグスト・ストリンドベリの著作『オカルト・ダイアリー』にインスパイアされたそうだ。

◆Soliloquy for Lilith
誕生したばかりの娘に捧げたことでも有名な作品。全曲同じようで実は異なる、天候のような普遍性をも持つ。エフェクターのペダルを17個連結した結果、テルミンが如く敏感な装置となり、そこから生じる僅かなハーモニーと不協和音が封じ込められている。それまで現代音楽のオマージュや幻覚剤の後押しに偏っていたNWWにとって、偶然だけで出来上がった、正真正銘スティーヴン・ステイプルトンの音楽だ。当時のワールド・ミュージック及びアンビエント隆盛の兆しに乗っかったのか、売上も好調で、この時の資金がアイルランド移住の決め手となる。

Cooloorta Moon
アイルランドへの移住を祝福するレコード。A面のタイトル曲はヴォルフガング・ダウナーから切り取ったサンプルをループさせつつ、ムーディーなサックスが踊る美曲。こんなポップなNWWがあるのかと、後から知ったファン(私である)も驚き。

(17.11/15)