瞥見England's Hidden Reverse

乞・日本語化

先日、中野でひっそりと開かれた『England's Hidden Reverse』にまつわるイベントへ行ってきた。昨年になってようやく新装版が出て以来、オリジナルと並べて読んでいる本なので、内容の整理が出来る貴重な機会だった。
この本は2003年に出たもので、80年代前半に登場したカレント93、コイル、ナース・ウィズ・ウーンド(こちらは70年代末だけど)の3グループの近傍、周囲の人間関係含めた環境を追ったものだ。この界隈を指す名称はいくつかあり、特にポスト・インダストリアル・ミュージック、ケイオスマジックに括られがちである。しかし、どちらも広義かつ複雑なので、彼ら自身を特定するものではなかった。よって、この本の名前がそのまま彼らの呼称になってしまったと言える。内容については、関係者側から内容の不備を指摘される例もあるが、一旦の総括がこの本で行なわれているのは事実だろう。現に2017年現在、この本に続いたものは出版されていない。

当然、自分が現在執筆中のナース・ウィズ・ウーンド・ヒストリーにも必要不可欠な資料になっているのだが、実際のところ、本書はカレント93とコイルについての本だと言っても良い。主な理由は、両者を取り上げた章をいくつか読んでみればわかるように、アレイスター・クロウリーやオースティン・オスマン・スペアらにはじまるオカルティズム、北欧神話に根を張ったネオ・ペイガニズム、そして本人らがその隆盛の中心になったとも言えるケイオスマジック・ムーヴメントとの繋がりを第一に書いているところが大きい。NWW、というかスティーヴン・ステイプルトンはこうしたテーマには一切関心がないと断言しており、一時期ステイプルトンと共同作業していたクライヴ・グラハム(モーフォジェネシス)は、NWWのアルバムがカレント93やコイルと同じ流通ルートで扱われていることに不満を抱いてすらいたという。もちろん、デヴィット・チベットやジョン・バランスが描いた軌跡を考えれば、上記のような魔術的見地からの分析と解説は正しいのだが、NWWが本書の中で置いてけぼりになっているのは事実だし、ファン的にはそこが寂しい。ケイオスマジックと同じくらいの熱量で、シュールレアリスムやダダイズム、そして現代音楽とクラウトロックの切り口からNWWを語ることが出来ていれば、更に強力な内容になったことは想像に容易い。
逆を言えば、英国、アイスランド、タイ、ネパールといった国々をまたいだ魔術ネットワークの隆盛を知る上ではかなり貴重な資料なのだと思う(私がこの分野に疎すぎるのもある)。

魔術とくれば、当然チベットとバランスらの古巣だったテンプル・オヴ・サイキック・ユースひいてはジェネシス・P・オリッジの影響力についても語られている。あくまでサイキックTV時代に限った内容なので、TGや前身のクーム・トランスミッション時代を詳しく知りたい方は、最近出たコージー・ファニ・トゥッティ自伝『アート・セックス・ミュージック』を激しく推奨。まだ半分ちょっとしか読めていませんが、その時点でこう思えるんだから間違いなし。

NWWについてリサーチが足りないような書き方をしたが、ステイプルトンの生い立ち、レコードと絵画への拘り、音楽的原体験やルーツも無駄知識共々びっしり書かれているので、読む価値は充分にある。盟友ウィリアム・ベネットとの関係や、両者のアートへの認識、ベネット本人によるホワイトハウスが当時もたらした衝撃も、事細かに書かれた本は未だにこれくらいだろう。それだけにステイプルトンへの取材が一度しか行なわれなかったというのは勿体ない話だ。彼はWEBメディア『ビッグ・テイクオーヴァー』のインタビュー中に、このことについて愚痴をこぼしている。
同じくらいに勿体ないのがデス・イン・ジューン、ファイア・アンド・アイス、ボイド・ライスらの取材が一切とれなかったこと(トニー・ウェイクフォードはあくまでソル・インヴィクタスとして取材を受けている)。ヒルマー・オーン・ヒルマーソンはアサトル協会(アイスランドのネオ・ペイガニズム組織)の役職で多忙すぎるゆえに取材できなかったのだと思われる。

前置きがだらだら続いてしまったが、今回は『England's』の各章で何について書いているのか、軽くまとめてみた。1つの章の中で複数のグループの動向が前後して描かれているため、内容の把握に少し手間取る。索引を使って、関心あるアーティストや作品を軸に読んでいく方が楽かも。


◆Crime Calls For Night
著者による序文。本章で扱うアーティストたちが活動を開始する直前の時代について言及している。それはパンクであるのだが、よく語られるDIY精神、中流以下の階級からの一撃といった切り口ではなく、ナチをポップと結びつけた先駆としてセックス・ピストルズの「さらばベルリンの陽」と「ベルゼン・ワズ・ガス」を取り上げている。スロッビング・グリッスルの「ユナイテッド」のように、インダストリアルとポップスの融合はパンクの以前から行なわれていたが、社会的影響に限ればピストルズやスージー・アンド・ザ・バンシーズの方が大きかったと言える。

◆A Visit To Catland, Also Called Pussydom
章名はカレント93「ザ・ブラッドベルズ・チャイム」の歌詞から引用。デヴィット・チベットの生い立ちから解説したもので、幼年期から家族まで多数の写真が確認できる。『オール・ザ・プリティー・リトル・ホースィーズ』のライナーでもわかるけど、幼年期のチベットは顔が整いすぎてて怖いくらいである。

◆Further Back And Faster
ハイスクールへ通うために英国へ移住したチベットの学生時代、ジェネシス・P・オリッジとの出会い、同時期にオウンドルの学校に在籍しながらファンジン『スタブメンタル』を作っていた頃のジョン・バランス、ヒプノシスに加入した頃のピーター・クリストファーソンと、凄い情報量の章。ケンジントン・マーケットに美容院を設けていたプロダクションたちについても記述。

◆Chance Meeting
一章ほぼ丸ごとナース・ウィズ・ウーンド。スティーヴン・ステイプルトンの出自とクラウトロックから受けた衝撃、そして実際にグル・グルとクラーンらがコミューン生活を営んでいたハイデルベルグへの旅行についても書かれている。コニー・プランクやウリ・トレプテと一緒に住んでいた時期については何故か触れられていない。
英国に戻った後のレコーディングと『チャンス・ミーティング』、ユナイテッド・ディアリーズの運営と内部の衝突、その引き金にもなったレモン・キトゥンズとホワイトハウスの軋轢が白眉。

◆Equinox Of the Dogs
ケイオスマジック・ムーヴメントとポストパンク~インダストリアルの結び付きを知る上で重要な章。ロンドンのカムデンで行なわれたジ・エキノックスにはじまり、ベルリンのアトナル・フェスティヴァル、エア・ギャラリーで開かれたダイアナ・ロジャーソン主催のパフォーマンス・イベントなど、シーン確立の証左となる催しが起きた83年。

◆A Fistful Of Fuckers
ゾス・キアから分離してコイルが完全に独立した83年~84年について記述。EP『ハウ・トゥ・デストロイ・エンジェルス』やアルバム『スカトロジー』、レコーディングを支えたステファン・スロワーのプロフィールなど。使われている写真のいくつかは吉田敬子さんによるものである。カレント93やNWWらによるアムステルダム公演のレポートもあり、NWWにとってはこれが実質初のライヴ。ジル・ウェストウッドとダイアナ・ロジャーソンによるフィストファックの影響力もここでは語られている。

◆Love In Earnest
84年から85年にかけての出来事。NWWはクリストフ・ヒーマンらと出会うほか、幻覚剤の影響が最も強かった時期の名作『スパイラル・インサーナ』と『ア・ミッシング・センス』について。チベットはルーン研究の大家フレヤ・アズウィンと接触、タフネル・パークのフラットで、ドラッグを貪りながらルーンや北欧神話に取り憑かれる生活を送る。コイルはクライヴ・バーカーとの出会いや、名作『ホース・ローターヴェイター』の背景を解説。

◆England Has A Black Heart
カレント93『スワスティカズ・フォー・ノディー』とそのバックボーンになったフォーク・ロック、ブルー・オイスター・カルトの詩世界を紹介。また、チベット仏教において師とも言えるリンポシェとのエピソードや、アイスランドでのギグ、そして日本公演時の出会いとトラブルなど、英国の外で起きた出来事が主。新装版でも使われている、三島の墓前での写真がナイスすぎる。

◆Cooloorta Moon
ステイプルトンとロジャーソンがアイルランドへ移住した時期の章。いきなり土地を買えるわけもなく、小さな村エニスでの滞在や、移動と家屋を兼ねたバンでの生活についても書かれている。移住の決め手となったのは名作『ソリロキー・フォー・リリス』。アンドリュー・トーマスの撮影によるクールータのオブジェのショットも見逃せない。カレント93は90年代中頃からメインのアレンジ係となる天才、マイケル・キャシュモアが登場。アポカリプティック・フォークがただの言葉遊びではなく、音楽のジャンルとして強固な存在感を放つようになったのは間違いなく氏の力によるものだ。

◆Oh Rose, Tohr Art Sick
80年代末から90年代初頭のコイルと、完全に英国フォークの世界に没入していったカレント93についての章。レイヴ・カルチャーに飛び込んでいったグループの進化と、それを助けたエクスタシーについて。後者はシャーリー・コリンズの影響と、そこから生まれた『サンダー・パーフェクト・マインド』に言及。ステファン・スロワーとのサイクロブや、現在もカレント93をサポートするサイモン・ノリスことオシアン・ブラウンの才覚にも触れている。

◆Lucifer Over London
何故か話がサイキックTV時代に逆戻りし、PTVの宣伝フィルム(?)『アンクリーン』について解説。NWWは新メンバーのコリン・ポッターを迎え入れ、エレクトロニックなサウンドを追及した名作『サンダー・パーフェクト・マインド』を作った時期。オマケ程度にペレス・プラードへの執着にも書いているが、この辺りから明らかにステイプルトンへインタビューした形跡が少なくなってくる。チベットはMR・ジェイムスにはじまる怪奇小説の保護・復刻活動にも手を出すためにゴースト・ストーリー・プレスを設立。敬愛する画家、ルイス・ウェインに捧げた『ジ・インモスト・ライト』三部作やタイニー・ティムに対する信仰とすら言える見解も見どころだ。

◆The Lunar Ascention
狂騒のレイヴ・シーンを抜けたコイルが見せた新境地、テクノに続き、電子音楽史上何度目かの大輪の花となったIDMをリチュアル化させ、唯一無二の音楽に突入した『ムーンズ・ミルク』について。PTVにも招かれたチェロとヴィオラ奏者にして、現在ではOTOの最高位に立つウィリアム・ブリーズとのやりとりは貴重な証言だ。クラウス・シュルツェとラ・モンテ・ヤングを融合させたような新生メディテーション『タイムマシーンズ』プロジェクトも始まり、アイデアとテクノロジーの二つにおいて独走するコイルの熱量はピークに達しつつある。NWWはすっかりクールータでの生活が板につき、マイペースな創作を継続。アラノスことペトル・ヴァストルとの出会いや、当時のヴァストルのパートナーであるマヤ・エリオットも登場。

◆Niemandswasser
『ムーンズ・ミルク』期以降のコイルは更に進化し、ノイズやインダストリアルなんて呼称が足枷にしかならない境地に到達。『ミュージック・トゥ・プレイ・イン・ザ・ダーク』という大傑作を生み、そのままライヴ活動を精力的にスタート。ハーディガーディ奏者、クリフ・ステイプルトンやオシアン・ブラウン、そして晩年のコイルの音楽的中核となったタイポールサンドラが登場。カレント93はチベットの父親の逝去に手向けられた『スリープ・イン・ヒズ・ハウス』について。本書はチベットの家庭の話から始まり、その想い出をもって締めくくられる。

◆Will He Wake In Time To Catch The Sunset?
新装版で追加され章だが、あとがきのようなものなので、売り文句にするほどのものではないと感じた。オリジナルが出た翌年にバランスが事故で亡くなってしまい、そのせいもあって神格化だけが進んでしまった内容になっている。新装版執筆中にはバランス、そしてクリストファーソンまで亡くなり、出版の一年前にはコイルと親しかったアーティスト、イアン・ジョンストンと、英国のポスト・インダストリアル・ミュージックを陰から支えたジョン・マーフィーも亡くなってしまった。NWWはアンドリュー・ライルズといった新メンバーを迎えてライヴを活発化、新たな全盛期を迎えている旨のほか、カレント93が完全に言葉通りのスーパーグループ化したことにも言及。リッキー・リー・ジョーンズまで参加するなんて誰が予想しただろうか。

新装版には限定でFurfurという小冊子が付いてきており、どちらかというと本命はこちら。ヴァギナ・デンタタ・オーガンことホルディ・ヴァルスや、プロダクションのクリスチーネ・グローヴァーのインタビューが掲載されている。まとめて新しい章にすることまではできなかったのか、やや丸投げ感のある仕事ではあるが、貴重な証言には変わりない。しかし、デス・イン・ジューンらネオフォーク派閥からの声を入れなければ刷新とは言えないと改めて思うのも事実。England's Hidden Reverseという視点ではなく、ネオ・ペイガニズム、ルーン運動の隆盛という点から彼らにアプローチすれば濃密な本が出来上がるだろうし、England's~と併読することも可能だろう。読むにはそれなりの知識が必要になるのは必至だろうけど...。何より、彼らがまだ当時を語ることに抵抗があるのか否か、そこからハッキリさせなくてはならない。

(17.7/28)