Babs Santini画集『The Formless Irregular』 (2025 Timeless Edition)

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Nurse With Woundといえば、スティーブン・ステイプルトンが音楽を発表するときに用いるプロジェクトである。レコードジャケットも原則ステイプルトン自身が手がけており、その際に使う雅号にしてペルソナがバブズ・サンティニ、だということはあまり知られていない。あの深淵で時々愉快な音楽のみならず、それを見事に視覚化したようなアートワークまで自分で作ってしまうところに今日も驚愕する。しかし、彼にとっては絵画や彫刻、コラージュといった視覚芸術の方が音楽よりも先にあった(彼はスクールを卒業後にデザイン事務所に雇われ、サインライターなどの仕事を請け負っていた)。むしろこれらの方法とは別の、新しい表現方法として音楽=NWWがでてきたというほうが正しい。
バブズ・サンティニの名前が印字されたレコードは、1983年のNWW『Gyllensköld, Geijerstam And I At Rydberg's』とKonstruktivits『Psykho Genetika』が初出とされている。前者では「バブズ・サンティニはNWWの女性シンガーだ」という記述もあり、情報の少ない当時は多くのリスナーが本当にそういう人がいるのだと思い込んだものだろう。元来バブズとはステイプルトンが作り出したアイドルであり、もう一人シルヴィ・エプスタインという女性も構想された。84年には「Sylvie And Babs」という名義で、いくつかのオムニバスに音源も提供している。もっとも有名なものは、この二人をリードシンガーとして起用したMarry Fontana Orchestraなる集まりを作り上げ、その録音物とした85年のNWW名作『The Sylvie and Babs Hi-Fi Companion』だろう。
女性名を使い分けての活動はマルセル・デュシャンとローズ・セラヴィ、ウィリアム・シャープとフィオナ・マクラウドといった先人たちの姿が重なる。特にイェーツとともにケルト文化の復興に尽力したシャープが理想化したアイルランドに、ステイプルトンが後年移住するのは縁を感じる。黄金の夜明け団にも入会していたシャープと違い、オカルトの類は興味ないと断言するステイプルトンだったが、Current 93やCOILといった友人のおかげで神秘的なイメージは依然として濃い。えてして本人は無自覚なものである。

前置きが長くなったが、バブズの初画集にして45年以上のキャリア集大成『The Formless Irregular』である。企画の誕生は実に10年以上前で、情報が出たときは英Strange Attractor Pressから出版される予定だった。紆余曲折あってか、仏Timeless Editionからのリリースとなっていたが、これは発売直前までは公にされなかった。Timelessはピーター・クリストファーソン、Gea Philes、ヴァル・デナム、駕籠真太郎などのエクストリームな面々の画集を発行しているだけに、ふさわしい場といえる。

ここからは本の仕様と内容。本体はレコードをイメージしたとおぼしき正方形サイズで、分厚く重い。通常版とは別に、専用の箱と新録音源を収めた10インチが付いてくるデラックスエディションが250部。これらのオマケに加えて1部ごとに異なるコラージュが添えられたコレクターズエディションが40部作られた。
内容はNWWを中心に、Current 93、COIL、The Legendary Pink Dots、Sandといった周辺含めたレコードジャケットから、個展のフライヤー、アシッド中のドローイング、音楽に着手する前に手がけたジャケット(マンチェスターのジョン・ザ・ポストマンのために作ったものまで!!!)など盛りだくさん。世界中のコレクターにスキャンの送信を募ることで、1点モノのコラージュも大量に収録されている。デヴィット・チベットが立ち上げたGhost Story Pressの発行物のためのカバーもすべて掲載。未使用に終わったCOILのためのコラージュや、アスムス・ティーシェンスのための誕生日カードなど蔵出しも予想をはるかに超える量だった。ローラン・トポルに捧げたと思しき「For Topor」は、何のアルバムに使われていたものだったか・・・。
基本的にアルバムのジャケットは網羅されているのでほぼ困ることはないと思う。なので個人的な関心を下にいくつか。

リリスの絵
1994年の『Rock 'n Roll Station』ジャケットはディスコグラフィのページにあるけれど、他のアルバムのように専用のページが割かれていない。実子のリリスが描いた絵なので、バブズの作品ではないとカウントしたのだろうか。リリスの絵はCurrent 93の『Horsey』でも使われているが、まあこれは違うグループなので入ってなくて当然か。

収録されていない限定盤
『Drunk With The Old Man At Mountain』の限定盤には多くのページが割かれている。無地のスリーヴにコラージュやペイントが施されたGyllenskold And Friends名義のライヴ音源も少ないながら掲載されている。この辺をすべて載せるのは土台不可能であるからして仕方ない。ディスコグラフィのみの掲載となっていたのが、2012年の超限定企画『Silver Bromide』と『Xerography』で、これらは過去のアルバムに使った図版の複写やそれを素材にしたコラージュが1部ごとに作られている。
これまたハンドメイドのCD-Rシリーズも、一つ一つはほぼ同じような図版なので本に入れるには扱いが難しかったか。『Arcane Reawaking』といった作品はちゃんと載っている。ないのは新聞記事や楽譜を切り取った『Sombrero Fallout』や『Contrary Motion』(Scannaerとのコラボと同名だが混同しないように)だ。

レコードを作り始めるよりも前の仕事
デザイン事務所に雇われていた時に下請けとして関与した仕事は原則的に収録されていない。というか現物を見つけるのがまず不可能なのだろう。50年近く前のロンドンにステイプルトンの絵が点在していたというのは神話のような事実である。例外としては70年代前半のコラージュが3点収録されている。ジョン・ザ・ポストマンに送る予定だったものと、その他出自不明のコラージュである。
Pink Floyd『Animals』ツアー時のプロモ用イラスト(ステイプルトンはジャケットに映っているあの豚の塗装に参加している)、The Stranglers『No More Heroes』ジャケットにあるプレート、Clusterの二人から依頼を受けて描いたはいいがレコード会社に却下されしまった幻の絵などはさすがにお目にかかれなかった。
例外はRock In Oppositon第一回のポスター。ステイプルトンが個人で受けたはじめての仕事、とも書かれている。このポスターを無許可で流用するも後から快諾されたEtron Fou Leloublanのライヴ盤ジャケットもオマケで掲載されている。

余談だが、ステイプルトンが自ら開拓した農地クールータの一角を捉えた写真も掲載されていた。これだったら自分も画像を提供できたし、本にクレジットを入れてもらえた可能性もあったな、と惜しいことをした。次に訪れるときがあったら、自分の持っているGyllenskoldライヴ盤にあらためて絵でも描いてもらおうかしら。


(25.11/25)

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