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NEUMUSIK』は、1979年11月から1982年4月までの期間に6冊刊行された英国製ファンジンである。発行者はデビット・エリオットとアンドリュー・コックス。サセックス大学で学内放送のホストになったり、宅録音源をリリースするYHRを主宰した。
このファンジンの特性はなんといっても英国外、とりわけフランスと西ドイツのロックや電子音楽を集中的に取り上げていたこと。当時の英国の主流プレスがあまり目を向けなかった方面に深入りし、ライヴ評やアーティストのインタビューを多く掲載している。パンク・ロックが否定していた、70年代前半の大がかりなスタジオワークによって生まれた音楽を紹介しているといってもいい。
過去に目を向けるのと同じくらい重要な点が、同時代のポストパンクからも同じテイストを持つバンドも取り上げていること。Metabolist、This Heat、Throbbing Gristle、なんといってもNurse With Woundで、創刊号では発行の2か月前にリリースされたNWWのファースト・アルバム評が載っている。スティーヴン・ステイプルトンは創刊号のアドバイザーとしてもクレジットされ、81年1月の第4号ではUnited Dairiesレーベルの特集も組まれた。NWWのインスピレーション元であるHeldonやUrban Sax、Tangelin Dreamといったバンドを積極的に紹介していることから、『NEUMUSIK』はNWW1stに封入されている通称「Nurse With Woundリスト」に興味がある人のためのファンジンと呼んだって差し支えない、かも。
以下、ざっと読んで見つけたNWW情報。
■79年創刊号(11月発行)にNWWファーストの評。意外と手厳しい。
■80年3月の第2号にはUnited Dairiesの広告。NWW2nd『To The Quiet Men From A Tiny Girl』リリースの告知だが、そこには「Includes version of Althea & Donna 'Uptown Top Ranking'」との記述。77年にチャート入りしたアルシア・アンド・ドナのレゲエシングル『Uptown Top Ranking』が組み込まれていると読めるが、サンプルしてる音楽を堂々と書いているのが意外だ。が、なんどオリジナルを聴き返しても、この曲に気付けない。マニア仲間の一人は「スローになった同曲が使われている」というが、実際どこなのか。
同文の後半。これが一番の驚きだったのだが、NWWリストにも入っているフランスのバンド、Fille Qui Mousseのアルバムを再発する旨がすでに発表されている。このバンドのアルバム『Trixie Stapleton 291』は、テストプレスだけが作られ、製品としてプレスされることがなかった幻のレコードとして知られている。広告に書かれていたアルバム名に自分の名が含まれていることを愉快に思ったという理由で、NWWリスト入りを果たしたアルバムをステイプルトンはちゃんと世に出そうと努めた・・・のだが、親元であるFuturaのジェラルド・テロネーゼによって拒否されてしまい実現には至らなかった。バンドのメンバーからは承諾も得ていたようなので、これが実現していたら、United Dairiesの方針は60年代末の前衛的な音楽を復刻するものになっていたかもしれない。
■81年1月の第4号でレーベル特集。NWWの3rdまでのアルバムと、Lemon Kittens『We Buy A Hammer For Daddy』の評。Whitehouseとのスプリット『150 Murderous Passions』の告知も書かれている。末尾に「Nancy Sesay and the Melodaires『 C'est Fab』を再発したいので、連絡先を知っている人は教えてください」との記述あり。これはステイプルトンお気に入りのバンドで、彼はLemon Kittensよりもこちらをレーベルから出したがっていた。
82年4月の最終号にはレーベルからリリースしたBombay Ducks『Dance Music』の評が掲載されている。ステイプルトンは不服な一枚だが、その評価は概ね高い。
その他。パンク時代のファンジンらしさの一つに、他所のファンジンとの繋がりがある。同時代のものでは『Mirage』、先達では『ATEM』や『Eurock』、『AURA』といったファンジンの連絡先が記述され、『Mirage』に寄稿していたコリン・ポッターが『NEUMUSIK』でレビューを書くこともあった。その通り、90年代からのNWWを支える御仁である。ポッターはKORG-MS10、MS20の紹介記事も執筆し、格安でレコードをプレスする広告も出していた。
『ATEM』は1973年から発行されているフランスの前衛的な音楽を紹介するファンジンで、『NEUMUSIK』が出てきたころにはもう出版を停止していた。発行者へのインタビューが80年7月発行の第3号に収録されている。『AURA』は英国で78年から数年間出版されていた『NEUMUSIK』の仲間と呼ぶにふさわしい内容(79年の米国で発行されていた同名のSFファンジンとは別)。当時のインダストリアル・ミュージック以外にも、ジャーマン・ロックやオランダのFocusといった、やはり英米以外のロックを取り上げていた。ステイプルトンがPilzレーベルについて執筆したり、コラージュを提供していたことで(筆者の中では)有名。The Legendary Pink Dotsのエドワード・カスペルも寄稿していた。
最後にちょっと驚いた記述を。創刊号には日本のVanity Recordsから出たSAB『Crystallization』(78年リリース)のレビューが掲載されている(NWWリストに載ったことでも高名なToleranceが79年リリース)。音楽性はロバート・フリップ&ブライアン・イーノまたはエドガー・フローゼと形容されており、特筆するような視点はない(むしろDADA『浄』の方がこれらに近い気はするが、これも当時輸入されてたんだろうか?)。
このファンジン内では、喜太郎以外で名前が載った日本人バンド/ミュージシャンはなかっただけに貴重な瞬間である…いや、他にもあるにはあったのだが、80年3月号のインフォメーションのページに「日本からプラスチックス、ヒカシュー、シーナ&ロケッツ、加藤和彦のテープが届いた。全部最悪!!(All Awful!!)」というあんまりなコメントだった。
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(25.5/5)

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