Nurse With Wound 2020年以降のリリース

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全体的に研究記事の更新が滞っているので、息継ぎ代わりのNurse With Wound情報を。COVID-19のパンデミックと北半球的な政情不安が深刻化しようとも不断の創作を続けているスティーヴン・ステイプルトンだが、その欲望のアウトプットには作り手の意思が(これまでと同じように)希薄である。ほぼ毎日生み出されているであろうそれらは、過去作の再発盤や超限定アイテム用のアートワークとしてお披露目される。以下、パンデミック以降に発表されたNWWのリリースについて記述。地理または精神的な意味で現世と隔絶された場所から届けられるような音楽や絵画に、今日も惹きつけられる。

Tristan Tzara, Nurse With Wound – Minuits Pour Géants / On The Edge Of The Outside (2020)

フランスのLenka Lente定番の小冊子+8cm CDシリーズ。本作はダダイストのトリスタン・ツァラにまつわるテキストとのセット。音はNWWでいうならば『Soliloquiy For Lilith』的なミニマル・ドローン。Nurse With Woundという名前は創設メンバーであるジョン・フォザーギルがバラバラの単語群から見つけ出したNurseとWoundから着想したものだが、ここにツァラが文章で語った詩の作法、新聞紙から切り取った言葉を帽子の中に入れてランダムに取り出すそれを連想するのも無理はない。この他にもオクターヴ・ミルボーや16世紀の哲学者アルフォンス・レビのシリーズにも提供している。このシリーズでオススメは、2018年に出たアントナン・アルトーを主題とした『Ci-Gît / To Another Awarenes』。

The Dream Of Reason Brings Forth Monsters (2020)

アイルランドで発行されている雑誌『Drag Acid』が、ステイプルトンの別人格こと雅号であるバブズ・サンティニを特集した号。実質バブズのアートワーク集的な内容で、集大成として期待されるも発売されない画集『Formless Iregular』に先駆けたものともいえる。付録にはコナー・マグレディの自主映画『'Entering The Forbidden Zone』に提供した音源を収めたCDrが付いてくる。米国とイスラエルのモチーフ的な使用は、2018年ごろからのアートワークにも散見できたが、本作がそれがピークに達した例。そして言語による補足が、ここにはない。
後にギャラリー的機能を持つレーベルAstres d'Orから高額かつ25部限定のアートワーク付2LPとして発売された。ここでは第2次大戦前後の記録がカットアップ的に使用され、ヒトラー、レーニン、リュドミラ・パヴリチェンコといった人物が召喚される。
音源は同レーベルのbandcampからダウンロードできる(ハン・ベニンクやエバーハルト・クラネマンの音源も同様。オススメ!)。ここ数年に顕著なライヴ感あるドローンだが、おそらく過去のライヴ用に作られた音源を最小限の環境(ミキサーのみ?)でこねくり回した記録からの抜粋である。クレジットされているAranosことペトル・ヴァストルは、NWWのライヴにおける叩き台を準備する役割をよく担っている。

Barren (2020)

2012年と13年のライヴ音源を収録した2枚組CD。ライヴ音源の精力的なリリースは、NWWの有機的というか、とにかく型にはめにくい音楽性を体験するのに最良の機会となっている。大まかなセクション分けこそされているが、転換のタイミングは演者たちの反応によるところが大きく、見通しのきかない航海のようにメンバーたちは、モニターからの音を追っていく。曖昧という意味でアンビエントの語を使うならば、本作はその典型(と呼ぶのも矛盾してるが)。


  3 Lesbian Sardines (2021)

2019年のオスロで開かれたThe Great Monster Dada Showでの演奏記録。ペレス・プラードのマンボによって覚醒したリズムへの執着は、ライヴでも忘れられることなく提示されている。それがEmptysetのように切迫した音楽なのだから驚きだ。クラブ文脈の「トライバル」のようには踊れない、徹底してムードのために刻まれるビートは今日のウィリアム・ベネット(Cut Hands)に近い方向性を持っている。最後のトラックで鳴り響くアンドリュー・ライルズのギターでは、再び大国へのオブセッションが顔を出す。

Opium Cabaret (2021)

P-Vine『Ambient Definiteve 増補改訂版』にはNWWだけで1ページ割かれており、新規掲載分として選ばれたのが本作である。オリジナルは色違いジャケット4種のLPで、後にボーナス音源入りLPが限定発売、ほどなくして全音源をコンパイルしたCD版がリリースされた。リン・ジャクソン(カナダのシンガーソングライター)のささやきがエコーする1曲目「Floating Body」は、Ghost Boxといったレーベルが追及する「ノスタルジックな不気味さ」とも呼べる領域に、NWWが先回りしていたことを証明する。アンビエントよりはイージーリスニングの方がふさわしい、かも。

Nurse With Wound & Bladder Flask 『Backside』 (2021)

2018年に実現したThe New Blockadersのファースト・アルバムをリワークした『Changez Les Blockeurs』の続編的コラボレーション。TNB以前にリチャード・ルペヌスらが結成していたBladder Flaskの音源を解体し、再構築したもの。100部限定で、一部ずつに切り取られたカンヴァスの一部が貼り付けられている。筆者は買えなかったのだが、ルペヌス氏に尋ねたら後日CD版も企画しているとのことであった。いつになるかは不明。


 Shipwreck n' Roll (2022)

テストプレスが先行発売された後にコリン・ポッターのICRから正式リリースされた7インチ。ステイプルトンとポッターが、2004年にノルウェーはロトーフェン諸島で行なったフィールドレコーディングとラジオ放送の結果から作り上げた『Shipwreck Radio』シリーズの残滓を利用した新曲。

Nefarious Vol. I Chance Meeting of a Defective Tape Machine and Migraine’ (2021)

2003年リリースの『Chance Meeting of a Defective Tape Machine and Migraine'』再発盤に併せて企画されたコレクターズアイテムが『Nefarious』。内容は『Chance Meeting of a Defective』CDに、過去のアルバムのジャケットをプリントしたカードやステッカー、四角形のバッジなどをランダムに同封したボックスセットである。バッジに関しては、ひょっとしたら拙著『ナース・ウィズ・ウーンド評伝』を献本した際に同梱しておいたディスクユニオン販売分限定の特典バッジ(現在は付いてきません)を参考にしてくれたのでは、と希望的に考えている。『Chance Meeting of a Defective』は、irr.app.(ext.)ことマット・ウォルドンがNWWのファーストをテープにコピーしようとした際に機材の不調で「誤保存」されたものを、そのままアルバム化したものである。ヨゼフ・コーネル的な新アートワークが素敵だ。


 Nefarious Vol. II  The Continuous Accident / Circumventing Angels (2021)

2008年に50部限定で生産された『The Continuous Accident』と未発表音源をコンパイルしたCD。単体で売られるのとは別に、こちらも『Nefarious』シリーズ化されている。『The Continuous Accident』は長らく再発が希望されていた作品で、オリジナルからしてステイプルトンの手製アートワークが一部ずつ異なる配分で収録されたものだったようだ。映像作家ジュリア・クレイマーの作品に提供した音源で、ステイプルトンがオルガンやコンタクトマイクを使用(非演奏)したり、ダイナミクスを強調した挿入を随所に配置するなどの珍しい趣向が確認できる。

Nefarious Vol. III  Deadlined (2022)

こちらはまだ未入手につき音楽についてはコメントできないのだが、概要を見るに、パンデミックによって録音が途中で中止されたアルバムからの抜粋のようだ。アイルランド国外へ出向く予定があったのだろうか。ユダヤ主義研究者であるオットー・ドヴ・クルカ(2021年没)の著作を読んだ経験が反映されているとも併記されている。こちらも『Nofarious』シリーズとして発売。

「ドラッグを使うことなく、意識変革をもたらす」というレイヴ・カルチャー経由のコンセプトこそ存在するが、COILがモジュラー・シンセのみで作った『Worship the Glitch』やTime Machines名義の実験も、彼らなりの憑在論を音で表した結果といえる。このフレーズ未満の音のピースが飛び交うディレクションは当時勃興し始めたIDM~エレクトロニカとの合流を果たし、まさに先日『2』が再発された『Musick To Play In the Dark』シリーズへと結実する。ボーカルにしてCOILの世界観の中枢であるジョン・バランスによる本シリーズの言明は、Ghost Boxの理念と同質だ。

Space Muzak (2022)

2009年にメルボルンのプラネタリウムで行なった演奏を記録した『Space Music』と、同演奏の別ミックスを収録した大作2枚組。ライヴ物販でのみ販売された『Space Musik II』は収録されていないようだ。無音の宇宙空間を音響で描き出すという倒錯的な想像の極致。

THE LADIES HOME TICKLER (2022)

7月には『The Ladies Home Tickler』がボーナス音源付250部限定で再発される。一点ごとに異なるコラージュと一緒に販売された『Sylvie and Babs Hi-Fi Companion』のテストプレス・シリーズと同テイストのアートワークだ。
音楽は所謂インダストリアル・ミュージックとしてのNWW揺籃期にして、リスナーによっては全盛期のものである。ウィリアム・ベネットとJGサールウェル(まだフィータスとしてシングルを出す前の録音)が参加したセッションの結果であり、この時点でノイズにキッチュな要素を貼り付けるというステイプルトンのユーモアが発揮されている。

又聞きでしかないのだが、ルクセンブルクのレーベルから『She and Me Fall Together in Free Death』も再発されるようだ。もう追いつけません。



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(22.6/19)