未発の日本公演音源が復刻!! Current 93『Horsey』(HomAleph)

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ギリシャ時代でいうところの詩人(神秘家)と呼ぶにふさわしいデヴィット・チベット率いる一座がCurrent 93(以下・C93)だ。年内に発表予定の新作と並行してスタートしたのが、過去作を網羅的に再発するプロジェクト、HomAlephである。かねてからC93やUlverといったバンドをリリースしてきたHouse Of Mythology内に設けられたC93専用レーベルといえば話が早く、レーベル主のティモシー・ルイスとチベットの二人による主導でカタログを追加していく予定だという。2000年代からの付き合いであり、HoMレーベルの諸作を手がけるミヒャエル・ローレンスによるリマスターに加えて、未発表テイクや別ミックスの音源も追加されているから、旧来のファンでも充分に買う価値がある。
このHoM第一弾として選ばれたアルバムは二枚。2000年の『Sleep Has His House』と1997年の『Horsey』だ。逝去した実父に捧げた『Sleep~』は、ハーモニウムを大々的に使用したドローンとチベットの歌声が溶け合い、コズミックとさえ呼べる音響となって聴く者の胸を打つ。収録曲「Niemandswasser」はライヴでも定番だし、C93を代表するアルバムとも呼べる『Sleep~』がリイシュー第一弾になるのは当然といえよう。
ゆえに意外だったのが『Horsey』で、これはファンの間でも少々マニアックな立ち位置にある作品だ。しかし、C93の歴史を辿る際には避けられない時代の産物なのである。さらに今回の再発では、これまで収録されてきた日本公演時の音源とは異なるテイク、つまり初出のそれが収録されている。本記事ではアルバムのディテールとその未発音源を紹介する。

アルバム『Horsey』とは


右が『Horsey』オリジナル・ジャケット(1997)。スティーヴン・ステイプルトン(Nurse With Wound)の実子・リリス(当時10歳)による絵。左が2020年再発盤。よく見たら、絵が変わっている。おそらくチベットによる画。

『Horsey』は88年後半から翌年前半にかけて録音された音源をコンパイルした編集盤である。全6曲で、英国と日本で録音したものが半分ずつ。個々の音源の初出は89年の3LP BOXコンピレーション『Lumb's Sister』だ(収録曲「Horsey」の初出時タイトルは「Horse」)。これはC93、Nurse With WoundとSol Invictusらの音源をパッケージした見本市的アイテムである。
84年に登場してからの数年間、C93の音楽はいわゆるインダストリアル・ミュージックにカテゴライズされていた。ノイズとテープ・ループ(アレイスター・クロウリーのチャントであったり、ママス・アンド・パパスであったりする)をバックに、パンク的なシャウトと演奏未満の不協和音を重ねるといった風情である。しかし、85年ごろからトラッド~フォーク・ミュージックに開眼したチベットは、やがて極端なノイズと複雑な音響工作を控え、レコードよりも現場で栄える生音志向にシフトしていく。『Horsey』はその転換の真っ只中を捉えたドキュメント的内容だ。
ダグラス・ピアース(Death In June)、トニー・ウェイクフォード(Sol Invictus)、ローズ・マクドウォール(Strawberry Switchblade)ら「演奏ができる」メンバーがバックアップした時期なので、音楽も生で再現できるバンド・サウンドになっている。それも同世代(多くが1960年前後生まれ)の青春ド真ん中なハード・ロック~サイケデリック・ロックを反映しており、当時のレパートリーの一つである「(ain't) Summer of Love」(Blue Oyster Cult)は納得の選曲だ。
往年のロックやフォークが持っていたリリカルで悲劇的な側面に魅了されていたチベットにとって、BOCに並ぶ理想の一つがComusだった。『Horsey』(および初出の『Lumb's Sister』)ではComusの「Diana」をカバーしている。ここではギターによるノイズがけたたましく響く、ブラックメタル的感触さえ覚えるサウンドが出来上がっている。同時収録の「Tree」や「The Death of the Corn」も同テイストの楽曲だ。

日本録音

日本での録音はチベットが日本に滞在していた時期に行なわれた。88年12月20~21日の日本公演を終えてからも、C93一座の何人かはそのまま東京に残り、実に半年近くものあいだ日本に滞在する。チベットが89年6月25日のNick Cave and the Bad Seeds渋谷クアトロ公演を観に行っていたという情報もあるが、真偽はともかくここに書いておく。

『Horsey』収録の楽曲はすべて89年1月も始まったばかりのころ、昭和天皇が死去する直前に静岡市のスタジオで録音されたものである。チベットを除いたラインナップはすべて現地・静岡在住のミュージシャンであり、後に彼らの同志となるMagick Lantern CycleとNeon Knightsのメンバーがバックを務めた。生音化にシフトしていたC93にとって、前衛劇+ロックオペラとさえ呼べるMLC~Neon Knights組との出会いは僥倖あるいは奇跡と呼んだっていいかもしれない。この静岡録音と、その後数年以内に書かれた楽曲を比べてみると、明らかに前者の影響が残されている。もっともわかりやすい例はBlack Subbath「Paranoid」のリフを持ち出した「Lucifer Over London」だが、それでも「Horsey」の加速を伴う熾烈さに軍配が上がる。

この交誼はC93が英国に帰った後でも続いた。静岡で録音された「Broken Birds Fly」の一辺は英国の音楽雑誌『Ptolemaic Terrascope』の付録7インチに収録された。MLCとNeon KnightsによるスプリットLPと、MLCのアルバム『Chimæra』は当時のC93~Nurse With Wound~COILらサークル内から立ち上げられた流通ネットワーク、World Serpent Distributionを介して世界中に拡散され、その神秘的な引力はユーゴ紛争直後のクロアチアやロシアにまで波及した。
この英国と日本をまたいだ霊的な繋がりは拙著『ナース・ウィズ・ウーンド評伝』でも言及している。

新宿アンチノック公演

今回の再発にあたって『Horsey』にも多くの未発表音源が追加されている。ほとんどが正規音源としての採用を見送られた別ミックスなのだが、一点だけマニアックな、しかし貴重なものが収録されている。それが89年日本公演とのキャプションが付けられたライヴ音源「Broken Birds (Maldror Waits)だ。どのへんが貴重なのかというと、今まで音源化されることのなかった新宿アンチノック公演(同年6月末あたり)とおぼしきものだからである。
これまでにC93の日本公演を記録したリリースは以下の通り(公演日付順)。

・1988年12月20~21日 新宿Loft公演(オープニングアクトは20日がVasilisk、21日が触媒夜)

・『Earth Covers Earth』付録7インチシングル (1988 Supernatural Organization)

・『Looney Runes』(1990 Durtro)
両日の公演から部分的に収録。Fire + Iceのイアン・リードが「インヴォケーション」を担当している。この部分は来日時を記録したVHSでもフィーチャーされている。

・『Unreleased Rarities, Out-Takes, Rehearsals And Live 82-95』(2010 Vynyl On Demand)
ドイツの復刻大手・VoDがリリースしたボックスに収録。うち、1枚がまるごと日本公演ディスクになっている。20日公演はなぜか「Fields Of Rape」(上の『ECE』国内盤7インチ収録曲)がオミットされている。21日公演はフル収録で、クロージングはStrawberry Switchblade「ふたりのイエスタデイ」。

・1989年7月3日 大阪ミューズホール公演(共演にNONことボイド・ライス。C93の演奏にも参加)
意外にも音源化はされていないライヴだが、、全編を記録した映像が動画サイト上にアップロードされている。同日撮影されたNONのライヴ模様は映像ソフト化され、アントン・ラヴェイも絶賛したファン必携のアイテムとなっている。今日でもドラムがペニー・リンボー(CRASS)という誤記があちこちに残っているが、正しくはボイド・ライスである。

セットリストを確認する限り、「Broken Birds」は大阪公演で演奏されていない。つまり、今回発掘された「89年」の演奏は新宿アンチノック公演時のものと考えるのが妥当だ。同公演に関しては、C93やNurse With Wound周辺のデータベースとしても名高いBrainwashedですら情報が記されていない。いずれ関係者に再度取材しなければならないだろう。
今は、バブル経済と昭和の終わりという狂騒のさ中に繰り広げられた儀式的ギグ、その謎に包まれた一日の一片が明らかになったことを喜びたい。そこまでマニアじゃないという方は、まずは音源を聴いてみてください。

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(20.8/1)