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1977年、BBCが独自に有する出版部門BBC Records & Tapesから『Sound Effects No. 13 – Death & Horror』がリリースされた。同社のサウンド部門であるRadiophonic Workshopが様々なテレビ・ラジオ番組のために作った所謂ライブラリ音源である。音作りは当時ワークショップのスタッフだったマイク・ハーディングが行ない、この他にもBBC Sound Effectsの名のもとに多くのレコードがプレスされた。後述する売り上げ増の結果を受けて、82年には続編まで作られた。 『Death & Horror』はホラーをコンセプトにしたもので、物々しい電子音(うち一つはクライヴ・バーカー『Hellraiser』に使われた)もいくつかあれど、ほとんどは刃物を研ぐ音、犬からゾンビに至る多数のうめき声、肉包丁やギロチンで落とされた頭の音といった効果音である。こうした特定の(実践するには難しい)状況のために用意される音はフォーリーサウンドと呼ばれ、映画以外にも、視覚に頼れないラジオにとっては重要な要素であった。フランスやドイツの電子音楽スタジオがアカデミックな進歩主義に立脚していたことに対し、英国では大衆のために実験がなされていた。ハンス・H・シュトゥッケンシュミットが大衆性と実験の親和を否定していたように、BBCという公的機関がこうした音を作っていた事実は現代音楽側から見れば異常だった。それも笑ってしまうほどにシンプルな試行錯誤とともに、である。たとえばナタが人間を直撃する音はその実キャベツを叩いたものだった。ピーター・ストリクランドは映画『バーバリアン怪奇映画特殊音響効果製作所』で、こうしたアイデアとその黄金時代へ賛辞を贈っている。
『Death & Horror』の盤は血を思わせるクリムゾンカラーである。これを光に透かすと発光するという子供が喜ぶようなアイテムだ。その通り、これは子供や人知れずレコードを愛でるマニアのためのものであり、音の駄菓子といってもいい。ディズニーが出していたお化け屋敷のレコードの親類なのだ。 しかし、大人を狂わせた瞬間があった。National Viewers' and Listeners' Association (英国視聴者協会)創設者であり代表を務めていたメアリー・ホワイトハウスが、このレコードを道徳に反し、子供たちに悪影響を与えるとBBCを批判した。ホワイトハウスは保守派の活動家にして、共産主義を反キリストとみなすMRAとも交流を持っており、リベラル的な運動を攻撃するキャンペーンを常に主張し続けていた。1977年とは映画『エクソシスト』が社会に害を与えると叫ばれてからまだ5年経っていなかった時代であり、すでにパンクが社会現象となることで反キリスト、反王室が若者文化に浸透していたころだ。前年10月にはのちのThrobbing GristleとなるCOUM TRANSMISSIONSが公的な芸術の場ことICAでスキャンダラスな結果を招いていた。なおのこと子供が見聞きする番組、当時のポピュラー・モダニズムの産物に死や恐怖の文字が混ざることなどあってはならなかったのである。 ホワイトハウスはBBCが公的な資金を使って、子供たちに悪影響を及ぼす商品を売っていると主張したが、ハーディングはじめとしたスタッフは機材はすべて自分たちでまかなったと反論した。ワークショップはその予算の少なさから、スタッフが持ち寄った電子機器やアナログ楽器を総動員せねばならなかった。この騒ぎのおかげでレコードの名は世間にとどろき、実際に新聞沙汰にもなっている。売上はかえって増大し、効果音のレコードでチャート入りしたはじめての例となった。
マーガレット・サッチャーがパンクの母なら、メアリー・ホワイトハウスはインダストリアル、厳密に書けばその後続ジャンルとなるパワーエレクトロニクスの母である。パワーエレクトロニクスの鋳型は、60年生まれのスコットランド人ウィリアム・ベネットのバンドWhitehouseによって作られた。1974年から刊行されていたポルノ雑誌『WHITEHOUSE』と、メアリーについてのダブルミーニングとしか思えないバンド名である。ビートやシーケンサー的な反復(Throbbing Gristle的インダストリアル・ミュージックの特徴)を除して、超高域のハーシュな周波数やスクリーミングで埋め尽くすサウンドはもちろん、同じくらいバンドをハーシュなものとしたのが、ピーター・キュルテンのような猟奇殺人犯やKKK~ナチスの意匠をポップアート的に使用するヴィジュアルだった。ある種のジャーナリズムとして大量の事実を音楽に置換していたTGに対し、Whitehouseは極力情報を提示しなかった。ここにベネットが50~60年代に花開いた「ショック」への執心を見ることができる。いかなる予想も越え、混乱させること/することに芸術の価値を見出す哲学である。彼は前例のないこと、世間を騒がせるハプニング的なものに対する期待が今よりも強く残っていた時代に育った男であった。
I always think horror films are scarier when there’s no music than where there’s music, because scary music is in fact part of the contract with the director that makes you feel comfortable and lets you know that it’s a horror film.
I want to be manipulated by a master and that master can play any tricks they want on me. That’s absolutely fair game. You’re playing them like an instrument. And it’s the best feeling in the world.
常々思うのは、ホラー映画は音楽が流れていない方が怖いということ。なぜなら恐ろしい音楽というものは監督との契りの一つであり、我々はそれによって映画であることを認識し安心するからだ。 (中略) 映画でも音楽でも本でも、どんな方法であれ私は巧みに操られたいんだ。送り手がしたいようにトリックにかけられたいんだよ。この関係は公正なゲームで、楽器を操るようなものだ。この世で最高の感覚だよ。
『WIRE』2010年12月号「Invisible Jukebox」より。日本語は筆者訳
76年12月にThe Sex Pistolsがビル・グランディ司会『Today』に出演し、スティーブ・ジョーンズがfuck(正確にはfuckin' spent。レコード会社から受け取った金をすべて使い切ったという文脈)という語を使ってお茶の間を騒がせた一件は、ベネットをロンドンへと向かわせるだけの興奮を与えた。実際のところ、テレビで起こっていること以上の刺激はないと残念がったベネットは、Essencial Logicといったバンドのギタリストを経て、Come名義のレコードを作り、やがてWhitehouseへと至った。 『Erector』(スティーヴン・ステイプルトンによる男性器のイラストがジャケット)や、「My Cock is on Fire」といった曲名はコンセプトアートとパンク、両方への期待の残滓である。自身のレーベルCome Orgから出したオムニバス『Für Ilse Koch』(ブーヘンヴァルト強制収容所所長夫人イルゼ・コッホにちなむ)は、ベートーベン「Für Elise」(エリーゼのために)とひっかけたダジャレにすぎない。このレコードに収録されているSS高官ハインリッヒ・ヒムラーの演説のバックに流れる電子音楽は、ジョージ・ハリソンのソロから切り取られている。対照的なイメージを持つ著名人のコラージュという、キッチュな異化効果が「当時の」ベネットにおけるパンクでありアートであった。
『Death & Horror』のようにWhitehouseも世間からバッシングされ、反動的な人気を保持した。ベネットが直接BBC Radiophonic Workshopの仕事を自分たちと結びつけた発言は(おそらく)残っていないが、『Death & Horror』とWhitehouseが歴史に登場し、今日まで名前を残しているきっかけはメアリー・ホワイトハウスだったともいえる。 『Death & Horror』の音声は多数の映画に使われているが、ベネットの個人的な時間に入り込んできた例を最後に挙げる。このレコードの音声は90年代のビデオゲームでも多々使用され、プレイステーション『バイオハザード』(1996)に登場するゾンビ犬の鳴き声もここからであった。そして『バイオハザード』こそは、ベネットが来日した際、静岡の友人たちと楽しんだゲームであった。
(25.12/8)
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