ヴィクトリア時代のゲーム音楽 Moon Wiring Club

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2025年11月33日(誤記ではない)こと12月3日にMoon Wiring Clubの新作が発売される。そのティーザー、というには長すぎる40分弱の動画が先行してアップロードされた。

マイペースに作品を発表しているMWCだが、ここでいうマイペースとは急いている世間への目配せなく、独自の時間軸に生きているとしたほうが正しい。11月33日といった表記はMWC、いやこのプロジェクトの発信地であるクリンスケルという村のスケジュールに準じたものであり、個人的なタイムトラベルに勤しんでいることの証明である。この郊外の村では1853年にBlank Workshopという機関が設立され、MWCや、その音楽を発行するGecophonic Audio System Productions(MWCが運営する自主レーベルと呼んでも差し支えない)なる部門は同機関を拠点にしている。
MWCは2006年以降ほぼ毎年のスパンで音源やアートブックをリリースしている。現在のようにウェブサイトを持つ前はMyspaceで音源を発表していたとのことで、長らく音源のマスタリングを委託しているジョン・ブルックス(The Advisory Circle)との縁もここからだった。程なくしてGhost Box Recordsのようなレーベルも現れ、古く奇妙なブリテンという文脈の憑在論シーンができあがる。アナログとデジタルの縫合的なBelbury PolyやThe Focus Group、Kraftwerkのようなユートピア的エレクトロニック・ミュージックを志向するThe Advisory Circle、ダンス・トラックに陰鬱とした情緒を混入したPye Corner AudioまたはMordant Music。インターネット上で繫がり合った彼らにとって、仲間を探す過程でYoutube(2005年)が登場したことは追い風どころの話ではなかった。

サイモン・レイノルズが『Retromania』で主張するように、Boards Of CanadaやDJ Shadow、ジェームス・ラヴェルのような先駆者含めたブリテン式憑在論者たちの功績とは、サンプリング文化によって見直された「過去」の領域へ自らの国の文化を引っ張り込んだことである。アメリカのヒップホップが、音楽や映画を包括した黒人文化をプリズム的に映し出すことに対し、イギリスはスタイルの輸入と模倣の域から出られずにいた。しかし、Unkleことジェームス・ラヴェルが「Lonely Souls」でBBCの教育番組『Play School』のレコードに収録されたドラムブレイクをサンプルすることで自国産レアグルーヴ、さらにはいろいろな意味でアメリカ化する前のイギリスの文化的風景をも想起させた。

憑在論のタームで語られる英国式サンプリングは、ラップの後ろでループされるものではなく、その素材自体の持つ魔術的な魅力が引き立てられる。テレビ番組の音声は絶大なポテンシャルを持つもので、その音響はテレビから直に録音されることで独特のテクスチャーを伴っている。『Sky』(1975)や『Children of the Stones』(1977)のような奇妙なフォークホラー・ドラマからの断片は、デイヴ&トニ・アーサーが実際に招かれたアレックス・サンダース(魔術の王を自称し、60年代にパートナーのマキシーンとともに多くのメディアに出演していた)の儀式を想像させてくれる。それはどこかキッチュで、それゆえにある特定の世代の英国人には馴染み深く、そして失われたものだという現実へと結びつける。
フォーク・ミュージックや初期クラフトワーク風のエレクトロニック・ミュージックなど、憑在論音楽は過去の音楽様式を骨子とする傾向がある。だがMWCはサンプリングという技術に特化し、よりミニマルかつサイケデリックな結果を出力し続けている。お気に入りのベースラインなど明確な音楽的パーツをチョップするのではなく、洞窟にこだまする声のように対象を執拗に再生する。Trickyが『ブレードランナー』のセリフをひっそりと添えていたように、聞き間違いで済ませられるようなレベルの、しかし確かに混入されている霊障的なサンプリングである。これを助けるのが音楽と同様にMWCことイアン・ホジソン本人によるアートワークおよびビデオで、独立したフォーク・ホラーを作り上げている。自身で描いたキャラクターにどこかから切り取ってきた服装の写真を着せるなど、半分が生きているコラージュは、音楽におけるサンプリングという行為の異常さを気付かせてくれる。

MWCのビートは楽器ではなくプレイステーション2のゲームソフト『MTV Music Generator 2』で制作されている。ホジソンにとっては単に使い勝手が良いという理由だけだそうだが、ブレイクビーツよりも単純なパターンの繰り返しからなるパターンを作り出し、PS2内蔵音源基準のやや頼りないドラム音にディレイやリバーブを重ねることで、あの古ぼけたダブができあがる。
PS2を機材に選んだ直接の理由ではないにしろ、短いシーケンスのループというMWCのフォーマットにはゲーム音楽が背景として存在している。かつてホジソンはMWCの音楽を「ヴィクトリア時代のゲーム音楽」と形容さえしているほどだ。ホジソンの世代ではコモドール64といった80年代前半のコンピューター・ゲームがインスピレーション元である。スペックの都合上単調なフレーズしか流せない仕様であるが、延々と繰り返されるその環境は、曲の構造以上に強烈な刷り込みをもたらす。ホジソンと歳が離れている筆者でも、このゲーム音楽のループ聴取には馴染みがある。これに関してはSuikazuraで発行している『FEECO』のレトロゲーム特集号『AOR』に、和田信一郎さんが『ファイナルファンタジー』の音楽が持つプログレ性と独特のループ感覚、 それが世界に及ぼしただろう影響について』という小論を寄稿してくださっているので、この機に読んでいただきたい。

ゲーム音楽とMWCには、インスピレーションから機材に至る関係がある。ここで筆者はホジソン自身の認識外からその繋がりを例示したい。1997年にアーケードで稼働したコナミの『beatmania』は、サンプラーを模したコントローラーによってサウンドを「鳴らし」、曲によっては明確なフレーズを演奏させるものであった。その画面中央には容量制限と格闘しながら作られたパタパタアニメや、収録する都合上解像度を落とされてはガビガビになった実写映像が少ないコマ数で繰り返し表示される。その静的なアニメーション(「みんなのうた」のクリップのようなファンシーなイラストが多い)と、90年代末当時のクラブ・ミュージックをトレスしたラフな音楽の組み合わせが今となってはMWCの親類にしか思えない。上に貼った「 The Last Arcadian (Process Mix)」の動画を見た時も、まっさきに『beatmania』の後継機である『beatmania IIDX』のムービー、それも2003年ごろまでのそれを連想した。過去にホジソンへメールした時、『beatmania』は欧米にほぼ進出しなかったゆえ、ゲームのことは知らなかったとの返事がきたときはその偶然に驚いたものだ。近年の『IIDX』は音もヴィジュアルもパチンコ的(身も蓋もなくてスマン)になって久しく、動画サイト上で旧シリーズのプレー動画を再生しては、そのデザイン(UIから収録されている音楽・ムービーまで)に独善的なノスタルジーを抱くようになってきた。そこにMWCという、自分が体験していない時代と文化圏の過去に執着するアーティストがあらわれ、それがわがノスタルジーを喚起するというねじれたタイムラインが生まれている。ここが憑在論シーン内でMWCがもっとも奇異に感じられる所以であった。

(25.12/8)

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