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2023年に仏LANCEPIERREがリリースした『PRENDS LE TEMPS D'ECOUTER』は、1962年から82年にかけて録音された児童たちの演奏・合唱をコンパイルしたものである。もともとはLes Disques ICEM-CELという自主レーベルで、教育者セレスタン・フレネとエリーズ・フレネが立ち上げたL'Institut Coopératif de l'École Moderne(ICEM)内に設けられた。このレーベルから出た音源はほぼすべてICEM公式サイト内でアーカイヴもされている。 フレネ夫妻は今日フレネ教育の名で知られるプログラムの提唱者として知られている。フレネ教育が国際的に波及を見せたのはセレスタンが死去する60年代に入ってからだが、その活動は第一次世界大戦直後からはじまっている。従来の教育を疑問視していた教師セレスタンは職を退いたのちに、難民の子供たち含む生徒を抱える学校を1935年に設立した。第二次世界大戦渦中、セレスタンはその反権威的志向から本国警察に逮捕・拘留までされるが、戦後も粘り強く自身の学校と、同意者たちによる協会を維持した。エリーズは芸術方面にも出入りしており、ジャン・コクトーなどの支援者を得ている。 第二次世界大戦後、福祉国家的方針を掲げていたイギリスでも、フレネの延長線上の教育プログラムが組み込まれていた。明確にICEMに同調するというよりは、やはり上でも述べた60年代をピークに迎えていた楽観的な、ユートピア思想ともいえる精神がうっすらと広まっていた時代ゆえだろう。学校によって実施の幅はまちまちだが、「music and movement」(音楽と運動)がシラバスに含まれていた。運動とは、日本でいう体育と違い、児童が音楽に合わせて好きなように動き、踊るものである。音楽は楽器を「正しく演奏する」ことから離れ、好きなように音を鳴らし、合唱も画一的なハーモニーを正解にしないように取り組まれた。一部の学校はこうした授業の記録をレコードとして保存していたが、商業目的ではないために市場へと出回ることはめったにない。しかし60年代から70年代を通して記録されたこの時期の教育音楽ほど、時代の精神を反映したものはないだろう。オープン・ユニヴァーシティー(1969年に開校した、入学に条件を設けないフリースクール的大学)の登場や、『指輪物語』といったおとぎ話のペーパーバックがベストセラーになるなど、データを追いかけてみるだけでも、教育と啓蒙に力が注がれていた当時の精神性=ポピュラー・モダニズムを見出すことができる。若者、そして子供たちは戦後の傷跡を癒やすためにある種の象徴化を受けていたかのようだ。 ここまで述べてきた教育が社会学的な意味で「先進的」などと評価されるのは、市場主義と政治が結びついたサッチャリズムによって公共の解体が進んだ後のことである。ある特定の世代の英国育ちの人間に、幼少時代を過ごした社会像を思い出させたのが、2000年代に拡散していく憑在論(Hauntology)だった。この視点が登場するまで、こうした児童による音楽、今日の英語圏ではEducational Music(教育音楽)なんて呼ばれ方をしているものは、モンド・ミュージックのようなリスナーが独自に見出す新奇性を基準に評価されていた。たとえば「The Langley Schools Music Project」(2001)は、モンド筆頭格ことスペース・エイジ・バチェラー・パッド・ミュージック(主に50年代のアメリカ中心に作られたオーディオ販促用のレコード)再評価に尽力したアーウィン・チュシャドが、リサイクルショップで見つけられた音源を受け取ったことから実現した企画であった。このレコードには1976年にカナダの小学校で行なわれた音楽の授業が録音されており、児童らがThe Beach Boys、Fleetwood Mac、デヴィット・ボウイなどの曲を演奏・合唱している。 チュシャドの働き一つとってみても、こうした埋もれた音源に光をあてたのはDJ~レコードディガーによるリサイクル文化だったといえる。モンドの発信地たるアメリカ西海岸よりも一足先に、モッズリバイバル~2 Toneレーベル~ノーザンソウルと過去の復権現象があったイギリスでは、Normskiことノーマン・アンダーソンのようなガイド役がいた(ファッションふくめた)ヒップホップとレアグルーヴ発掘運動と、ジョニー・トランクらによるライブラリ音楽~教育音楽保存運動がシンクロしていた。トランクが編集したライブラリ音楽図録『The Music Libraly』には、The Specialsのジェリー・ダマーズが序文を書いているほどである。 トランクのレーベルTrunk Recordsが再発した教育音楽で押さえておくべきものは3枚ある。『Music for Children (Schulwerk)』『Classroom Projects - Incredible Music Made By Children In Schools』『The Seasons』だ。前者二枚は典型的な教育プログラムの記録である。Trunk Recordsの精神的兄弟であるGhost Box RecordsがリリースするThe Belbury PolyやThe Focus Groupは、この二枚に入っているような教育音楽のレコードから声やコーラスをサンプリングしている。オリジナルの音楽でありながら、この時代の空気を再創造するゆえんだ。 Ghost Boxら現在の作り手たちと、奇妙な英国の過去を結ぶレコードおよび番組が『The Seasons』である。Trunk Recordsは2012年にこのレコードを再発し、Ghost Boxのジュリアン・ハウスと、The Advisory Circleことジョン・ブルックスがライナーを書いた。 (25.11/1) |
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