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アシッドフォーク史研究書『Seasons They Change』著者のジャネット・リーチは、2012年にFolk Police Recordingsからリリースされたオムニバス『Weirdlore』に寄せたライナーノートで、「地下に目を向けるときが来たのだ」と宣言する。通史上で正道とされているフォークソング以外にも、見落とされている楽曲、歌手、バンド、文脈があるとリーチは説き、植物が地下から養分をくみ上げているように、地上と地下は一対であることを強調した。これはロブ・ヤング『Electric Eden』の副題にUnearthという語が含まれていることと同じ意趣である。 ブリテン諸島一帯に芽生えていた古きフォークソングあるいはバラッドは、現代の感覚とともに再解釈されるものもあれば、そもそも終わりを迎えていない=リバイバルされる必要がないまま今日まで続いているという形で発見されることもあった。The Incredible String Bandは解釈と発見の二つをこなしていた調査員でもある。マイク・ヘロンは、スコットランドの地方で農民たちの間で歌われていた民謡と、他メンバーが放浪中に経験してきた中近東の楽器や音楽の構造をブレンドしたフォークを作り出した。ビートルズはフラワー・チルドレンたちにおける経典を書いた。 『Seasons They Change』で紹介されるアシッドフォークとは、『Sgt Pepper's Lonely Hearts Club Band』を作った時のThe Beatlesといった地上の成功者たちではない。彼らと同じ時代の空気を吸いはしたが、ポップではなくフォークであることに落ち着いた者たちの痕跡である。ここでいう「ポップ」とは、ロブ・ヤングがフォーク・ミュージックを定義する「都市生活者の娯楽」としての音楽を意味する。ラテン語のpopulasに由来するそれは、古代ローマ時代の剣闘士といった熱狂的な見世物としての性格を持つ。フォークはその集団から疎外され、同化することのなかった郊外の表現だ。ラテン語が、キリスト教が塗りつぶせなかったゲルマン的文化といってもいい(フォークの語源はゲルマン語「volkフォルク」および森を意味する「waldヴァルト」である)。そしてブリテン諸島各地の伝承には潜むものがある種の象徴として記憶され、復活する傾向にある。ルイス・キャロル『ふしぎの国のアリス』では異界を繋ぐ穴が森の中にある。アーサー・マッケン『輝く金字塔』は、郊外の寂れた大地にあるのぞき穴から地下に巣くう先住民たちが目撃される。この古代からのリミナルスペースこと郊外は、見過ごされたものたちの世界への入り口なのだ。
地上の喧騒は地下への意識を促すようだ。1968年にエリザベス・ベレスフォードによって描かれたモグラ人「ウォンブルズ」は、1973年にThe Womblesというノベルティバンドとして実際にレコードデビューした。地下に住むウォンブルズ(Womble=まぬけ転じて「異なる者」「少数派」とすべきか?)は、地上の人間たちが捨てたゴミを持ち帰り、それをリサイクルして生き永らえている。60年代後半にフラワームーブメントと合流したエコロジーの理念が反映されたプロットだが、そこにはウィリアム・モリス的な産業社会批判のエコーがある。ウォンブルズは地下世界=ブリテン諸国の過去からやってきたファブフォーであり、地上=現代を映す鏡であった。
鏡と書いたのは、フォーク~トラッドを基調とするウォンブルズがThe Beatles的ロックンロールことポップを捨象していないからだ。一番の有名曲「Remember You're a Womble」は、まず歌がビートルズ風である。そこにシタールではなくフィドルのソロが置かれるところに、フォークが残されている。折衷的に変化していくことで伝統が残っていく(ブリテン諸島各国含む)英国フォークのニュアンスを表した事例といえる。 The Wombles絶頂期のプロデュースはマイク・バットが手がけた。ヒッピー雑誌『International Timez』にも関与したHapshash and the Coloured Coatのアルバムをプロデュースし、ヨガをテーマにしたソロアルバムを作るなど、サイケデリック時代から活躍している才人である。ルイス・キャロル原作『The Hunting Of The Snark』のレコードを手がけるなど、英国の伝統文化をモチーフにするバットだが、フォーク・ミュージック史においては、Steeleye Span『All Around My Hat』(1975)のプロデュースがもっとも高名だろう。トラッドのカバーである同曲を抱えたアルバムは、チャート入りを果たしバンド最大のヒットを記録した。フォークの演奏者たちが電化に対して敏感だったSteeleye Spanは、ステージ上の煌びやかな演出にも積極的で、着飾るThe Womblesともどもグラムロック的である。ポップとフォーク、有る意味で対照的な言語ルーツを持つこの概念は、Steeleye SpanやPentangleのようなグループが伝統楽器と電化楽器を共有していくことで単なる二項対立の関係に留まらなくなっている。矛盾しているが、確かに繋がって残っていくという(文化的な意味での)フォークの生態を体現しているのだ。
大和田俊之は『アメリカ音楽史 ミンストレル・ショウ、ブルースからヒップホップまで』(2011)で、アメリカのポピュラー音楽が、他者に偽装する(なりすます)欲望を原動力にしていると仮定した。いろいろと思いあたる節はある。ウォンブルズと同じノベルティレコードとしてもカウントされるチップマンクスは、ピッチを上げてあの虫声とも呼ばれているボーカルで知られている。同時期に絶頂期を迎えていたタイニー・ティムは、ファルセットボイスによって男性の声=低いという固定観念を(マイケル・ジャクソンより早く)覆して売れたし、歴史上の様々な歌手の声を模して歌うことができた。しかし筆者が『アメリカ音楽史』の主旨を読んでまもなく連想したのが、The Residents(居住者)と彼らによる「明解アメリカ音楽史」とそれに先駆けたいくつかのプロジェクトである。アメリカ人に偽装の欲望があるなら、Residentsはそれを皮肉とともに客観視し、その極北たる無個性化に達していることになる。これらは『アメリカ音楽史』をより補強すると同時に、バンドが同書の見解に先回りしていたようにも思えてしまう。そしてResidentsによるアメリカ音楽批評、ひいてはあり物を利用し咀嚼してきたアメリカ史絵巻にモグラすなわち地下の居住者と地上の商人たちが駆り出された。『モール・トリロジー』である。
マンチェスターはラッダイトの現場となり、ウィリアム・モリス『ユートピアだより』では工業化の果てに消滅したことになっている。この都市で「Industrial Music For Industrial People」を掲げるThrobbign Gristle(TG)のジェネシス・P・オリッジが生まれたのは運命的と呼ぶしかない。10代をまるまる60年代に過ごしたジェネシスは、前身のCoum TransmissionからTG、そして後述のPsychic TVを通して、パンク以降のサイケデリック運動を試みた。 フォーク・リバイバルに邁進したコミュニストたちとTGを繋ぐとしたら、そのまま両者をまたぐ60年代を想像すべきだ。後年マッコールは己のフォーク蒐集がシャープ的なイングランド中心史観・上流階級の嗜好品的定義から離叛したことと、60年代の若者たちの意識が社会変革に向かったことを重ねるかのように、反ベトナム戦争やヒッピー運動に参加する若者を現代のハムレットであると論じた。まさにヒッピー~ビートニク時代の入り口たる1950年代末にはじまったサウンド・ドキュメンタリー『Radio Ballad』は、未来への期待、その作法であった。ここでは「現在の」悲惨さがバラッド(文字の書き読みができない農民たちに口承する意味合いが強い)として保存される。記録がそのまま創造的価値を持つというドキュメンタリーの社会的意義から、番組を装飾する奇妙な音響に至るまで、TGがデザインしたインダストリアル・ミュージックやウィリアム・バロウズのカットアップに準じた情報処理(スローガンの多様やファンジンの発行など)は、戦後英国で起きたコミュニスト経由のフォーク・リバイバルが象徴する啓蒙的活動を反転させた例と呼んでもいい。ウィリアム・モリスからロイドらが危惧した産業社会のリスクを、TGはフォーディズムという当時の傾向を引き合いに出し、醜悪かつ病的な形で表現した。
『モール・トリロジー』は今なお未完(Residentsにはよくあること)の壮大な叙事詩であり、ある意味ウォンブルズ的な現実の寓話化である。T.D.ウェイドなる物による小説を原作にしたというプロットを要約すると以下のようになる。 モヘルモット人は地中に独自の文化と社会を築いていた。しかし、水害によって巣を追われた彼らは、地上にあがり砂漠を放浪することになった。流れ着いた彼らを保護した都市の主たるチャブは、モヘルモットを歓迎しつつ新たな労働力として使役する。ヒエラルキーが覆らないようにと、モヘルモットは自分たちの言語で歌うことを禁じられた。だが、モヘルモットとチャブの混血たる人種・クロスが登場し、彼らによるバンド「ビッグ・バブル」がモヘルモットの言葉で歌い出す。奏でる音楽は、チャブたちが持っていた快楽主義的なものを依り代にしており、ここに第三の音楽が鳴り響く。やがてモヘルモットだけの国家を目指す思惑や、クーデター的な企てを立てるクロスの活動家などが登場し、楽観的な融和が実現しないことを予感させる。トリロジー第一作『 Mark Of The Mole』(1981)はモヘルモットの世界を描写した架空の土着音楽ひいてはフォークである。なお、音楽性はシンセサイザーをふんだんに使用し始めた時期なので、アコースティックな楽器の気配などはない。第二作『The Tunes Of Two Cities』(1982)はチャブの洗練された音楽がメインで、快楽を促すという意味でpopulas、ポップな曲だらけである。一曲目「Serenade For Missy」はバンド史上最高の仕事の一つだと筆者は思っている。 クロスのグループことビッグ・バブルは、実際にレコードとして発表された。ここではThe Residentsの中身であることを示唆するような、生身の人間たち(白人+黒人)がポーズをとっている。Residentsのパロディの対象が自分たちになり始めたはまさにこのころであり、後に目玉マスクの一つが盗難に遭って、代打にミスタースカルが登場したことで一つのピークを迎えた。『モール・トリロジー』はロックンロールがブルース(黒人)とカントリー(白人)の子供であるという前提をターゲットにしているが、モヘルモットには移民ことアメリカ人を重ねている向きもある。コロニアリズム的景色の再創造と自国に対する冷徹な批評は、『モール・トリロジー』以降の「明解アメリカ音楽史」に含まれる「アメリカ作曲家シリーズ」、そしてエルヴィス・プレスリーをイエス・キリスト的犠牲者に見立てる『King And Eye』などの企画でピークを迎えた。レジデンツはアメリカ音楽史のコマーシャリズムまで射程に捉え、自らのしっぽを食べ尽くすアメリカのウロボロス的スケールをその瞳で測り続けているのだ。 「自国の」フォークとロックのクロスになったウォンブルズと違って、Residentsはあくまでアメリカという国のルーツにこだわり続けている。彼らがフィドルやバンジョーを持ち出し、作曲者不明のバラッドを歌うということはまずない。しかし、歴史の登場人物として、フォークを呑み込むポップという縮図内の一シンボルとして地下に住むモグラが選ばれているところに英米の奇妙かつ明快な繫がりを見出してしまう。
(25.10/15)
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