|
現在製作中のディスクガイドは英国式憑在論がテーマだが、日本の音楽ジャーナリズム内にはあまり入ってきていない文脈に基づいている。マーク・フィッシャーとBurialといったアーティストが提示する退廃的都市生活とクラブカルチャーに根付いた景色は日本でもコンテキストとして共有されているが、今回強調したいのは、英国のあらゆる文化に顕著な、伝統をモダンとして復興させるやり方である。フィッシャーに寄せた言い換えをすれば、未来を過去に似た形で思い描くということだ。音楽における最前線はフォーク・ミュージックで、このジャンルは憑在論というタームが生まれるずっと前から、かつての姿を再構築(再生にあらず)する取り組みに取り憑かれていた。ここでいう英国とはイングランドであり、ブリテン諸島を構成する国々の一つである。スコットランドやウェールズ、北アイルランドに残る過去の文化を拾い上げることは、実質イングランドを意味する「英国」への反抗であると同時に過去の理想化として途切れないものである。ロバート・シェルトン『The Electric Muse: The Story of Folk Into Rock』(1975)、ジャネット・リーチ『The Seasons They Change』(2010)、ロブ・ヤング『Electric Eden』(2010)といった英国(地下)フォーク通史、近年ではUndefined Boundaryが発行する小雑誌『THE JOURNAL OF PSYCHIC ALBION』など、この種の研究書は数知れない。音楽のみならず、英国人には馴染みある田園や遺跡といった確かな過去と、それをアレンジないし切り開かねば成長できなかった現代の交差が文学や映画、ファッションにまで浸透しているのである。その感覚を反映した音楽と、そのコンテキストをできる限り紹介するのがガイドの目的だ。しばらくは本の前提や収録されるコラム部分の草稿的なものをここで更新していく予定である。 グスターヴ・ホルストの代表曲「惑星」(1916年作曲)は天文学ではなく、当時ホルストが没頭していた占星術がインスピレーションである。クリフォード・バックス(弟はロンドン王立アカデミーで音楽を学んでいたアーノルド・バックス)から教えられた占星学と、その興味の延長でホルストは多くの神秘主義、東洋哲学に属する文献を手にとった(もしかしたら親戚に神智学協会の会員もいたことも関係しているのかもしれない)。とにかく「惑星」の各パートは、ホルストの異教・異文化への研究の成果であり、折衷的に変化することで残ってゆく英国音楽≒フォークの波である。 カンディンスキーやクレーのような抽象絵画、西洋音楽ではシェーンベルクの無調のように、19世紀末から20世紀初頭に花開いた「新しさ」には伝統としての具体性、規範の繰り返しから離脱する意味が含まれていた。しかし、ホルストや盟友であったレイフ・ヴォーン・ウィリアムズは、あくまで英国の過去、彼らの場合はともに王立大学で学んだヘンリー・パーセルの音楽やウィリアム・ブレイクの詩が生まれた17世紀を繰り返しでない形で再創造した。ここには彼らが出入りしていたハマースミス社会主義者協会(Hammersmith Socialist Society)ひいてはその頭であったウィリアム・モリスの理念が大きく関わっている。モリスが小説『ユートピアだより』で描いた22世紀の英国は産業と自然が融和した理想郷へと到達している。建築は自然への冠、つまり古来からあるものに「現代」を付随する。この折衷的生活様式こそ、復興と継承が根底にある英国精神の産物なのである。なお、ホルストが「惑星」を書いた地であるエセックスにはタクステッドという村があり、そこに開いていたある教会は、社会主義者の牧師やフェビアン協会(1884年に社会主義者たちによって立ち上げられた運動)メンバーの元貴族たちが関わる共同体的空間だった。巨大な敷地に動物を飼い、民謡やダンスを導入した礼拝は、モリスが小説の中で夢想した生活としての芸術、習慣としての歌があった。ホルストはここに足しげく通い、やがて家を借りる手助けまでしてもらう。ある意味では、もっともホルストの創作を助けた環境といえる。 ホルストはあくまで冠として異文化と異教を土台たる英国音楽に添えた。伝統的な音楽への意識はホルスト(彼がハマースミス社会主義者協会の会合に足を運び始めたのは21歳の学生時代からである)やレイフが学んでいた王立大学はもちろん、レイフ経由で知り合ったセシル・シャープからの影響も大きかった。シャープもまたホルストへ民謡に音楽をつけるよう依頼している。その成果が「サマーセット狂詩曲」(1906)である。 "The English tongue differs from the French or German precisely as the Englishman differs from the Frenchman or the German. Irish patriots are fully alive to this, and, from their own point of view, are quite right in advocating the revival of the Irish language. Then there are the folk-tales, legends, and proverbs, which are peculiar to the English; the national sports, pastimes, and dances also. All these things belong of right to the children of our race, and it is as unwise, as it is unjust, to rob them of this their national inheritance. Finally, there are the folk-songs, those simple ditties which have sprung like wild flowers from the very hearts of our countrymen, and which are as redolent of the English race as its language." 今日シャープの説く英国らしさへの執着を見ると、ファシズム的な動機づけと見間違いそうになる。実際にシャープは農民たちが歌う民謡を記譜する際、「正しい歌い方」というモノサシをもって外れた音程を修正したり、品のない庶民の風景についての歌詞は削除ないし手を加えている。しかし、ロブ・ヤングが『Electric Eden』で分析しているように、これらはドイツのような近隣国たちが自国の民謡、自国の文化を保管していることへの焦りから生まれた使命感ゆえだった。歌とダンスをファシズムの装置として転化した例は、シャープと同じくしてモリスダンスの保存に目覚め、保護団体「トラヴェリング・モリス」を設立するロルフ・ガーディナーである。これはまた別の機会に。 『The Penguin Book of English Folk Songs』(1958) レイフは出版された同年に没しているウィリアム・モリスのように過去の復興を熱望することなく、変容という現在と未来にしか起きえない運動にこそ民衆の意識が宿るとするのがシャープの民謡、ひいてはあらゆる文化を包括した「フォーク」観だった。これは1950年代のフォークソング・リバイバル、より絞ればカチコチのコミュニストだったユーアン・マッコールとペギー・シーガーの頑固な土着性に通底する。A.L.ロイドとともにアーカイヴに励んだマッコールたちは、都市の工場労働者たちが歌う民謡も収集することで、農民だけに集中していたシャープたちの仕事を補完した。その反面、マッコールたちは共同体の成り立ちやその方向性に重きを置くようになり、60年代半ばに立ち上げたThe Critics Groupという民謡研究の集いには固い規範が用意されるようになった。たとえば歌い手は生まれ育った地域の歌と言語を原則的に使用し、伴奏も基本的には添えずに歌唱のみで実演することが良しとされた。そこには正しい音、正しいストーリーがふさわしいとして蒐集した歌に添削を加えていたシャープの姿が重ならないでもない。 あまり知られていない気もするが、レイフ・ヴォーン・ウィリアムズは1958年まで存命で、二つの大戦も共産主義とフォークソング・リバイバルの接続も目撃した。レイフ最後の仕事がA.L.ロイドと共同で編集した『The Penguin Book of English Folk Songs』である。そこにはSteeleye Spanが歌った「The Blacksmith」などが収められており、この曲は80年代にCurrent 93がカバーする。Current 93は「Tam Lin」といったバラッドもカバーし、文字通りの継承を積み重ねた。さらに86年のコラージュ大作「Sucking Up Souls」で「とおりゃんせ」を使用したことで、モチーフの一つに日本の童謡や子守唄を使ったホルスト「Japanese Suite」の精神的子孫となり、英国音楽の見えない水流が19世紀から20世紀まで繋げられた。 グレアムの折衷的フォーク/ブルースは、やがて爆発する英サイケデリック運動の音楽の前兆に数えられる。ことわっておくが運動とはThe Beatles『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club』のフォロワーではなく、彼らに先駆けてサイケデリックな音楽を実践していたThe Incredible String BandやMr.Foxのようなバンドたちが中心だったシーンをいう。ISBメンバーのマイク・ヘロンが「私が64年から65年という時代に挑戦したこととは、天使が恐れて踏み入れないような領域へと愚者が突っ込んでいくようなものだった」と振り返るように、この時代のコズミック・フォークともいうべきバンドたちの取り組みもまた、ホルストがかつて試みたことと繋がっている。それは過去に現在を融解させる学問、田園から宇宙へと繋がる英国式フォークロアなのである。 (25.9/29) |
|---|