COILのリイシュー音源(2016年~2019年)を知る、聴く、探る

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上半期も終えた7月時点で今年手にした音源を振り返ってみると、COILの再発が数点発売されていたことに気付いた。このマガジンで何回も紹介しているNurse With Woundとも親密である以外には、インダストリアル・ミュージックの開祖、Throbbing Gristleから枝分かれしたものの一つ(と同時に完成系)であると書けばよいだろうか。
主要メンバーであるJohn BalanceとSleazyことPeter Christpherson(TG〜Psychic TV)が両方とも鬼籍に入っている今、権利関係は依然としてややこしいままであり、再発自体は多いものの、そのほとんどがブートレグだと言ってもよい。そんなものが今年になっても作られるくらいに業界内のCOILのヴァリューは高いのだ。そのサウンドから思想に至るまで今一つ言及されていないまま永久凍結してしまったことも人気に拍車をかけているだろう。近年は特にその傾向が著しく、今年に限っても3枚以上はリリースされている。
今回はここ数年になってリリースされたCOILの復刻音源をまとめ、それらに軽い解説を添えてみた。踏むべき手順を踏んでの再発は珍しいこの世界、先に書いてしまうと米国のDaisとGary RamoneのPrescription、Thighpaulsandra公式(これも少し微妙と言えばそうなのだが)、そしてSub Rosaからの12インチ以外はほぼ黒である。最終的な判断は読者・リスナーである皆様にお任せします。

Threshold Archives second series(2019)
2015年に販売されたThreshold Archivesの続編。シングルやコンピレーション提供音源、スタジオからの蔵出しを主に編集したCDセットで、前回と同様に8枚同時リリースとなった。デジパックケースにCDが裸一枚で入っているだけという雑な扱いに加えて、入っている音源も没テイクが中心でしかなかったこともあり、筆者は今回の購入を見送った。入手した同志たちの報告を眺めていて気になった点は以下の通り。

『Airborne Bells』(上段左から一枚目)は今はなきClawfistから出た7インチや、2002年に音楽メディアBrainwashedのコンピレーションに提供した音源を収録している。Clawfistの7インチはプレス数こそ多いが、レーベルのファンクラブとなることで優先的に売ってもらえたそうだ。余談だが、このClawfistはCOILやNurse With Wound、そしてCurrent 93が根城にしていたレコード店兼配給レーベルVynyl Experienceから派生した店の一つであった。

『The Sound of Musick』(上段左から二枚目)はDerek Jarman『Blue』関連の「Theme from Blue」や、先日リリースされた『THEME FROM THE GAY MAN’S GUIDE TO SAFER SEX』が収録されている。中でもVHS『Sara Dale's Sensual Massage』に提供した音源は今までリリースされることのなかったもの。youtubeにアップされているものを確認する限りでは、ラウンジ風のインストであった。

John Balanceのベネフィット・コンピレーション『Foxtrot』に使われたアートワークを用いた『Heartworms』(下段左から一枚目)は、『Foxtrot』収録曲や、Black Light Distrikt名義のデモ、Bill Laswellを招いて作った音源が確認できる。William Burroughsの肉声を使った貴重な記録もあるが、これはバロウズのアーカイヴをライフワークにしていたSleazy単体の仕事と言える。

『I Don't Want to Be the One』(下段左から二枚目)は『ASTRAL DISASTER』に使われた彫刻(Babs SantiniことSteven Stapletonによる)を変な角度から撮影した写真がアートワークに使われている。People Like Usのリミックスや、Raster-Notonから出た『 Zwölf』が収録されているのはマニア的には嬉しい、かもしれない。後者はレーベルの企画で、12のアーティストが参加した(他にはCoHや池田亮治など)。

『Copal』(下段左から三枚目)は2002年の編集盤『Moon'S Milk』に付いてきたボーナスCDrで、未発表音源を一曲加えてのCD化。『Moon's Milk』は少し前までならThreshold Houseのウェブでデータが購入できた。ジャケットはオリジナルと同じBabs Santiniによるフロッタージュ風のアートワーク。

『The Restitution Of Decayed Intelligence』(下段左から四枚目)はBeta-lactam Ringから出た10インチ(ジャケットもそれに即したもの)に、Jhana Recordsによる国境なき医師団への寄付目的で作られたコンピレーション『Not Alone』、アブサン酒メーカーとの企画で作られた超限定アイテム『Animal are you?』の音源などを収録している。『Animal~』は実際に木箱に入れられたアブサン酒と容器が同封されていたもので、Current 93とNurse With Woundも同規格のセットがある。

Time Machines (2017) Dais Records
『WORSHIP THE GLITCH』や同時期の『Born Again Pagans』で開拓したミニマル・ドローン路線の完成系。ケミカルドラッグの化学式が曲名に添えられることで、Alexander Shulginといったサイケデリック探究者たちに連なる試みとなった。Sleazyは「Earthなどのドローン・ミュージックにも影響を与えた」と自負していたが、EarthやSunn O)))といった体感型よりは、Taylor Deupreeといったデザイン派に近い印象を受ける。もちろん何よりの参照元はラ・モンテ・ヤングだ。本作の中核となったDrew McDowallはケミカルを想起させる名前やJohn Dee経由の魔術的アイコンの使用に否定的で、音だけを提示したかったと回顧している。

Worship The Glitch (2018) Dais Records
オリジナルはELpH vs Coil名義で出た10インチで、ELpHとは彼らが使うコンピュータを総称した名称の頭文字である。50年代のRadiophonic Workshopを彷彿とさせる電子音のスケッチが収録されており、実際に Delia Derbyshireといったクラシックな電子音楽がモデルになっている。モヂュラー・エレクトロニック(ニューエイジ含む)の再評価と連動した再発であった。『Time Machines』と同じ出自であることはサイケデリア全開のジャケットを見れば明白。

COIL PRESENTS BLACK LIGHT DISTRICT: A THOUSAND LIGHTS IN A DARKENED ROOM (2018) Dais Records,  Infinite Fog Productions
オリジナルは96年。Daisが再発した一連のカタログはDrew McDowall経由のものであるが、本作はDaisに加えてロシアのInfinite Fogからも同時にリリースされている(Danny Hydeのライナー付)。Infinite Fog盤は未発表の音源が一曲追加されているのだが、何故かアートワークの印刷がよろしくなく、せっかくのBabs Sanitini仕事が台無しである。
音の方は『Worship the Glitch』に並んで『Time Machines』の露払いになったプロジェクトと言えば説明が早い。エイズの脅威からダンスがセックスにとって代わった時代、それを後押しするクラブ・ミュージックとドラッグ体験を経たコイルの面々が、そのエクスタシーを音だけで表さんと試みた結果である。ピアノによる小曲など、アイデアの数々は後の『Musick to Pray in the Dark』と重なる部分が多い。余談未満の小話だが、Black Light DistriktというフレーズはBoyd Riceの楽曲に同名のものがあるほか、The Nodding Folk(Current 93のサイドプロジェクト)のCDに付いてくるコミックにもバンドの名前として登場する。恐らくは仲間内で書き合った詩や散文から引用したもので、同コミックにはNurse With Woundの楽曲タイトルに使われた「Two Shaves and a Shine」も確認できる。



Astral Disaster (2016)

Astral Disaster Sessions (2018)    PrescriptionPrescription
99年にGary Ramonのスタジオで録音されたアルバムで、リリースもGaryのPrescriptionから。2017年に入ってすぐにCDも売られた。ごく短い時間のセッションで制作された内容で、99年に限定プレスされたバージョンを踏襲した結果、無骨なジャケットも丁寧にそのまま再現してある。2000年にはBabs Santiniによる立体作品をジャケットにしたエディションが発売され、そちらの方が有名(内容は一部変更が加えられている)。『Musick to Pray in the Dark』で開花するリチュアルIDM路線に即したものだが、歌詞のモチーフとしてUFOや外宇宙が取り上げられはじめ、それが名曲「The Universe is Haunted House」やSun Raへの執着に繋がっていく。『Astral Disaster Sessions』は前者の時期に録音されたものの蔵出し。未発表にしたというだけあって、オリジナルとの差異を見つけるくらいしか出来ない。とはいえ初公開となった「Cosmic Disaster」はなかなか良い。CDとLPで主に発表されたが、カセットも少数ながら作られたようだ。

Another Brown World / Baby Food (2017) Sub Rosa
ベルギーのSub Rosaから出たコンピレーションに提供していた音源二曲を収録した12インチ。ドラッグに没入していた時期の音源である。Brian Enoへの回答あるいはジョークらしきA面は名実ともにCOIL流アンビエント。B面は知名度こそイマイチだが(アシッド期における)チルアウトに接近した秀作だ。ちなみにタイトルはケタミンのスラング。

How To Destroy Angels (Coil + Zos Kia + Marc Almond名義)  (2018) Cold Spring
83年のロンドンで催されたイベントのライヴ録音(DVD BOX『Color Sound Oblivion』にも収録されている)と、COILのデビュー作でもあるタイトル曲の未発表リミックス、そしてもう一つの83年ライヴ録音(一曲目とは別イベント)が収録されている。タイトルのせいでL.A.Y.L.A.H. Antirecordsから出た同名EPを復刻したものと思いがちだが注意されたし。内容的にはオマケ程度のものが集められたという印象で、どうせならオリジナルも収録して欲しかった。Zos KiaはCOILの前身的なグループというよりは、メンバーが共通していたプロジェクト群とした方が近い。本作には関与していないようだが、Zos KiaのJohn Goslingは90年代に入るとビッグビートやハウスの世界でヒットを飛ばす。

The Gay Man's Guide To Safer Sex +2 (2019) Musique Pour La Danse
HIV治療とその偏見を流布する意向で制作されたフィルム『GAY MAN'S GUIDE TO SAFER SEX』(1992)に提供した音源。ハウス調の楽曲で『Love's Secret Domain』の時期であることが伺える。今回のCD化にあたって、同時期の音源でありCOIL vs Eskaton名義で作られたブートアナログ『Nasa Arab』がコンパイルされた。

Swanyard (2019) Infinite Fog Productions
Danny Hydeのスタジオから掘り出した150分に及ぶ未発表音源集。CD2枚組またはLP3枚組という大がかりな仕様になった。80年代末から90年代前半にかけてのテイクが主で、Trent Reznor(Nine Inch Nails)のNothing Studioで録音した『Backwords』に収録曲の断片も多数確認できる。2006年『The Ape of Naples』収録曲のサンプルが既に作られていたことに驚いた。再生時間だけはかなりのものだが、散漫なのは変わらず。中東やエジプトの音楽からインスパイアされたと思しき素材は若干興味深いが...。ジャ ケットはBabs Santini。更に氏のサイン付である木箱に入れられた限定エディションも存在しており、NWW公式サイトでも購入可能だった。

Scatology Sessions (2019?), Love's Secret Demise (2018) , Live At The London Convay Hall, October 12, 2002 (2019), Porto (2019) ,
これらはブートである。セッションの記録であったり、ライヴ音源であったりと様々だが、多くはFacebookのCOILファン・グループやArchives.orgのような場所で突然共有されがちだ。
『Scatology Sessions』は寄せ集めというほかない雑然さで、「Panic」のジム・フィータスによる仮歌らしきものが入っていたり、「ハウ・トゥ・デストロイ・エンジェルズ」のステレオバージョンが収録されている。あっという間にファンによって動画サイトなどに拡散されてしまい、筆者もそれ経由でしか耳にしていない。『Love's~』はDanny Hyde自身がFB上で「なんでこんなものが出回ってるんじゃあ」と驚いた曰くつきのデモテープ。『Love's Secret Domain』やShockレーベルから出た7インチのデモ音源が収録されている。お蔵入り以前の品なので特にコメントすることはない。89年に出回ったカセットを前身にしているようだ。『Live at London~』はライヴ録音を収めたCDr『Megalithomania』が名前を変えて売られたもの。リアルタイムで目撃していないので何とも言えないが、オリジナルは『Live』シリーズをオーダーした顧客限定のものだったそうだ。その後も何度か売られていたようだが、ブートらしきものがAmazonJPに何故か最近までストックされていた記憶がある。音の方はかなりミニマリスティックな内容で、サウンドチェックかと思えるほど。確実にブートである(出しているレーベルは他にJoy DivisionとWarsawをリリース)。『Porto』は2003年ポルトガルで行なわれたCASA DA MUSICA FESTIVALでのライヴ録音。2006年にポルトガルで出回ったブート音源として知られており、この再発もほぼ黒いと思われるのだが、このバージョンはThighpaulsandraの公式ストアで販売されており、Sleazy公認のブートレグ(?)扱いという謎の待遇を受けている(どこまで本当かは不明)。ラインナップが少々特殊で、John Balanceはアルコール依存症の影響により不参加のようだ。スローになった「Blue Rats」によるイントロを終えて始まる「Triple Sun」に震える。

LIVE FIVE (2019) , LIVE - Copenhagen 2002 (2019)
突如ThighpaulsandraことTim Lewisが自身のサイトで販売し始めたポーランドはグダニスクでのライヴ音源(2002年)。限定100枚CDrだったが後にデータでも購入可能になった。この装丁は往年のファンにはピンとくるもので、このシリーズを続けたことに驚く。Thighpaulsandra、Ossian Brown(Cyclobe、Current 93)という名サポーターが付いた絶頂期のライヴで、新たにアレンジされた過去の名曲も目覚ましく響く。特にCherの「Bang Bang」のカバーには驚かされる。『Copenhagen 2002』もThighpaulsandraがオフィシャルで配り始めたライヴ音源。コペンハーゲンは3rd Tsunamiという会場で行なわれたギグ。ちなみにフリーダウンロードである。セットリストは上の『Five』と大して変わらないが、円熟期だけあって充実した内容。ラストの「An Unearthly Red」はアシッドハウス期の在りし日を思い出したかのような享楽がある。ボディ・パフォーマンスとしてBlack Sun Productionの二人が参加していた。

ファンの方々は既に承知のことだろうが、一連の再発は8割がた非正規なのが現実である。私も耳にされないよりは、と不届きなことを考えたこともあったのだが、この場を借りて反省したい。
ここで挙げたもの以外にも、Sleazyの残した『Time Machines II』のCD(本来はUSBメモリに入って送られてくるものだった)が売られたこともあったし、Old Europa Cafeが名作『Black Antlers』の再発をアナウンスしたこともあった(告知は即削除され、なかったことにされている)。個人的に願うのはSome Bizzarre期のオリジナル・アルバム、『LSD』(2021年にリイシューされました)、『Musick to Pray in the Dark』シリーズ(2021年に『1』がDaisから、2022年4月には『2』も同レーベルから再発予定)、『The Remote Viewer』、『Black Antlers』の正統な復刻、そして『The Angelic Conversation』の再評価(『Blue』の回顧展もあったことだし)である。


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(19. 7/31)