JGサールウェル (Foetus,Steroid Maximus, Xordox, Siliver Mantis etc.) インタビュー (『FEECO』Vol.2 2020年発行)

委託先がすべて売り切れて久しくなったので、インタビューを転載する。実物にはJGのSelf Immorationスタジオ内の写真も収録されているが、フィジカルで所持している人の特典としてここにはアップしません。2019年11月15日前後に敢行しました。鈴木喜之さんによるインタビューと併せてお読みください。

自身の音楽性の変遷、『Venture Bros』のサウンドトラック、10にも及ぶ進行中のプロジェクト、デ ヴィット・ボウイとの思い出、最新の音楽への関心などを話してもらった (2019年11月時点)。


-過去のインタビューで「すべてが映画的に聞こえる」と話していましたが、今でも変わりないですか?

JG:それは古いインタビューだろうか?

-2000年代前半のものだったと思います。

JG:変わりない。僕の作曲方法は実に映画的だ。 最近はサイモン・ヘインズと一緒に作曲していて、数日前に彼のバンド、Tredici Bacciのニューアルバム(『Fancy Mess』)に入れる曲を書き終えたばかりなんだけど、それはまさに小さな映画を作っているようだった。作業中に彼と話す時は「このセクションは宇宙を舞台にした映画のように聞こえるから、宇宙空間に飛び出したり、宇宙船のクルーが登場する感じでやってみよう」とか、「この部分は外宇宙にいる悪役が自分の城で何かやっている場面、これは悪役たちと戦う場面に使う」といった具合だ。曲が持つセクションについて話す時は、映画の中で起こる出来事のように伝える。二人で広大な宇宙を行ったり来たりしているようなものだ。
僕はたくさんのサウンドトラックを聴いている。音楽を映画本編から切り離して聴くことで先入観が取り払われ、その音楽が持つ思わぬダイナミクスに気付ける。普段は気付かないけど、それは確かにあるものなんだ。こうした聴取は普通でないだろうけど、僕だけがやっているとも思わない。 とにかく僕にとって重要なのはダイナミクスだ。

-あなたは80年代初頭からレコードを作っていますが、当時は映画的なサウンドを作れるような豪華な環境ではなかったと思います。

JG:録音を始めた時は今使っているようなテクノロジーの類はなかった。当時はまだ存在すらしていなかった。サンプリングが登場するよりも前の時代だからね。2台のカセットプレイヤーなど、限られた機材で作っていた。スタジオを使う前はベッドルームで録音していたんだよ。酷いものだった! 機材はドラムマシーン、シンセサイザー、小さなエフェクトボックスくらいのものだったと思う。それらで作った音楽をカセットプレイヤーに入れてどうにかデモのようなものを作った。
スタジオは僕にとって新たな楽器となり、自分の音楽を決定づけるものにもなった。スタジオでの作業はまるで彫刻のようで、そこではライヴをするように、ピアノを弾き始めたらそれがそのまま曲になるかのように音楽が作れた。楽器の練習はしなかったし、機材を上手く使えるように取り組んでいた。
スタジオ作業にハマった何よりの理由はレコードを作りたかったからだ。ライヴで披露するための音 楽を作ろうとは思っていなかった。 いつも自分でレコードを作ることを考えていたし、それほどに重要なオブジェクトだったんだ。 たくさんの曲を書くことよりも、レコードとして完結させる方がずっと大切だった。

-Logicなどソフトウェアを使い始めたのはいつからですか。

JG:最初に使ったコンピュータは87年のAtari ST 1040。Creatorというプログラムで作曲をしていた。同ソフトの開発者たちがLogicをリリースしたので、そのままそちらへ移行した。作曲専用のMacを買った のは90年後半になってからだと思う。Atari ST 1040を使っていた頃は Akaiの12トラックレコーダーで録音していて、そこからADATの24トラック、そして現在のハードディスクという流れだ。外のスタジオを借りて作業することもあった。 86年のアルバム『NAIL』はフェアライトをたくさん使ったから、打ち込みで作ったアルバムと言えるかもしれない。最初に自分のスタジオでシーケンサーを使ったアルバムは87年の『THAW』だった。プリプロを済ませてから、ブルックリンのBCスタジオでレコーディングした。

-今度(2019年12月発売)ファースト・アルバム『DEAF』がアナログでリイシューされますが、あれは宅録らしい響きを持つ作品ですね。リマスターも施すようですが、今日にリリースすることの意図を教えてください。

JG:『DEAF』は8トラックスタジオで録音したものだよ。97年にCDでリイシューした時は音像をブライトにした結果、貧弱に聞こえた。 いかにオリジナルのマスタリングが音源にふさわしかったかということだ。だから改めてアナログでリリースした。リマスタリングの段階で手を加える度合いは少しに留めてある。A面22分、B面23分の収録だから大きな音にもできないんだ。セカンド・アルバムの『ACHE』もリマスターして出そうと計画中だ(2022年にリリース)。とても良いアルバムで、なんとベースの類が使われてない!今の自分とはまったく異なる方法で作られているから、まるで他人の音楽のように聞こえてしまう。今は作曲の知識もあるし、テクノロジーだって当時なかったものがたくさんあるからね。

-最新の映画、特にそれまでアルバムとして作品を発表してきた音楽家がサウンドトラックを手 がけたものはチェックしてますか?たとえばヒドゥル・グドナドッティルの『JOKER』や『サスペリア』のリメイクをトム・ヨークが音楽を担当したように。

JG:コンテンポラリーな音楽の作り手が映画のスコアを書くのは昔から続いていることだ。 ベン・フロストやミカ・レヴィのような作曲家たちが映画のために何をしているのか、実際に映画の中では何が起こっているのか。作り手たちがいかに新しいことをしているかに興味がある。ヒドゥルの映画音楽も好きだし、彼女の作品には昔から刺激を受けている。ヨハン・ヨハンソンはオスカーに二度ノミネートされていたけど、ヒドゥルは彼とも作業していたと思う。 Touchは彼の遺作となる映像作品をリリースするはずだ(注・2020年3月発売の『ラスト・アンド・ ファースト・メン』)。トム・ヨークは好きだし、サウンドトラックも思い切ったアイデアでよかったと思う。映画は同じ時期に観た『マンディ 地獄のロード・ウォリアー』を連想したね。ニコラス・ケイジが主演の映画だけど、観た?とてもヴァイオレンスで常軌を逸した内容だ。そういえば、スコアを書いたのはヨハン・ヨハンソンだった。
トレント・レズナーによる『ソーシャル・ネットワーク』のスコアには、僕が思い付かなかったような選択がいくつもあった。彼は映画のために作曲をしたわけではなく、手元にあった音楽をディレク ターへ大量に送ったんだ。 それらは映画本編にピッタリだった。あまりにもマッチしていて、本編の不穏な雰囲気に拍車をかけていた。
僕は常に新しい音楽を探している。bandcampもよく見ているし、週に3回はコンサートに足を運んでいる。今の音楽がどんな進化を遂げているのかを知るためだ。僕くらいの歳になると周りは20代・30代の頃に好きだった音楽しか聴かない人ばかりだが、僕はもっとたくさんの音楽を知りたい。まだ聴いたことのないものを求めているんだ。だから50年代、60年代、70年代、クラシックも同様に探し続けている。「いまや新しい音楽なんてない」という人がいるけど、そんなことはないだろう?

-Youtubeであなたが出演した『What's in My Bag』(注・毎回異なるアーティストたちが米国のレコードショップAmoeba Musicで買ったものを紹介する番組)を観ました。『ゴジラ』シリーズのサウンドトラックを紹介していましたが、日本の特撮映画はお好きですか。

JG:いや、映画よりもサウンドトラックに興味がある。本編はほとんど観たことないかな。日本の映画で好きなのは古いもので、たとえば鈴木清順とか。

-『ツィゴイネルワイゼン』とか?

JG:そう。『東京流れ者』も好きだ。他の監督で特にインパクトが強かったのは「鉄男』。 映像もサウンドトラックも素晴らしかった。でも続編はイマイチだったかな。

-自身で映像作品を作ったことはありますか。

JG:最近 Youtubeにアップロードした「SONDER」という曲の映像は自分で作ったものだ。スウェーデンのゴトランドにあるFREKVENSのフィルム・シンポジウム用に依頼されて作った。映像はサウンドのコンセプトに合わせてあって、友人のセバスチャン・ムウィナルスキと一緒に撮影した。僕のプロジェクト、XORDOXのMVも「SONDER」と同じシリーズだ。稼働する宇宙ステーションを捉えた映像で、実際にNASAに打診して使用許可をもらった。
それ以外ではgea*(NY在住のイラストレーターGea Philes)と一緒に作ったやつがあって、これまた別のプロジェクトであるcholera nociboの演奏中に後ろで流した。最近XORDOXとしてのニューアルバム(2022年発表『Omniverse』)を完成させたから、それ用のビデオを作りたいと思っている。ドローンを使って、前回とは違う視点から宇宙空間の動向を捉えた映像にする。こういったプロセスを経る点では映像に興味がある。とはいえ自分を映像作家だとは言わないよ。 多くの人と同じことをしているだけだからね。 写真でも同じで、自分をフォトグラファーだとは思っていない。物語としてのフィルムを撮ることではなく、あくまでサウンドトラックを作ることに興味がある。

-あなたが手がけた最初のサウンドトラックはリチャード・カーンの『The Right Side of My Brain』(1985)と言われていますが、カーンから直々に頼まれたのですか。

JG:リチャードとは彼の初期のフィルムでも既に曲を書いていた。あの映画はリディア・ランチが思い付いたもので、僕が映画に出たのも、リチャードじゃなくてリディアに言われたからだ。 だから、あのサウンドトラックは彼女のために作ったものでもある(笑)。あの頃、僕たちはぶっとんだ年頃だったんだよ。リチャードとの仕事は確かに僕が手がけた最初のサウンドトラックだよ。作業を通すことで互いに仲良くなったし、フィルムも音楽も洗練されていった。

-リディアのドキュメンタリーがつい最近完成したようですが、ご覧になりましたか。

JG:プレミアで観た。彼女は日本で公演したことはあるのかな。

-少ないですが、何度か。

JG:僕が85年に日本へ行った時は彼女も一緒だった。その時は公演してなかったと思うが。  

-エヴァ・アリジス監督の『The Blue Eyes』は魔女の伝承を主題にしたホラー映画でした。スコ アを書くようになった成り行きと、こうしたテーマに関心はあるか教えてください。

JG:彼女とは以前から知り合いで、映画の脚本を渡されたのがはじまりだった。彼女はサウンドトラック に使う楽器、音楽のパレットも僕に選ばせてくれたよ。 オカルティズムとか魔術といったテーマに関心はない。何年か前には少しあったかもしれないけど、 今は科学の方に興味があるかな。友人にはウィッチクラフトといったものに凝っている人が何人かいるよ。これらにまつわる映画は好きなものが多くて、昨夜に観た『ミッドサマー』も実に素晴らしい内容だった。2015年に観た『ザ・ウィッチ』もおっかない映画だった。

-Steroid Maximusはインストゥルメンタルのプロジェクトで、60年代の映画のサウンドトラックのように聞こえます。これが今日の劇伴のキャリアに繋がっているのでしょうか。

JG:なんてたってスコアを書く仕事を得るきっかけがSteroid Maximusだったからね。
このプロジェクトを始めたのは、Foetusとしての音楽を持て余すようになっていったからだ。たくさんの楽器を鳴らして演奏に凝っても、人々はそれらよりもボーカルに、おぞましく極悪非道なことを歌っている僕にしか興味を持っていないと感じていた。そこでインストゥルメンタルの音楽をやろうと考えたんだ。マキシマスを始めたのが89年から90年で、その時は(架空の)サウンドトラックというコンセプトがあった。今では珍しくないアイデアだけど、僕のやりたいことはそこにあった。
『Venture Bros』(『VB』)のスコアを担当するようになったのはディレクターのクリストファー・マカロックがマキシマスを気に入ったからだ。当時パイロット版を制作していた彼は、マキシマスの音楽が作品のコンセプトにピッタリだと考えた。これが『VB』のスコアを書くようになった経緯だよ。そして『VB 』がきっかけで『Archer』もやるようになった。今の時点で『VB』は80、『Archer』は40のエピソードにわたって曲を書いている。かなりの量だったが良い経験だった。

-マキシマスと同時期にあなたはGarage Monsterとして「Powerhouse」の7インチを出しています。「Powerhouse」はカール・スターリングやレイモンド・スコットの演奏で有名ですが、彼らのようなビッグバンド音楽がマキシマスのインスピレーションとなったのでしょうか。

JG:なった部分もあるが、多くを占めてはいない。 Steroid Maximusの『Quilombo!』も『Gondwannaland』 も入っている音楽はバラエティに富んだ内容にしてあるから。エスニックな音楽、マイルス・デイヴィス、ミュージック・コンクレートといった風にね。『Gondwannaland』から 10年後にリリースした『Ectopia』は、その間にやってきたアイデアを合成させたものだ。その上でブラックスプロイテーションやコップ・ショー(注・どちらも70年代米国でポピュラーだったドラマ・映画のジャンル)、探偵モノで流れてい るような音楽を作りたかった。アルバムの前半4曲はそれらをダイレクトに引用している。
マキシマスのアイデアはすべて『VB』のスコアに活かされた。『VB』のサントラはマキシマスのアルバムのようなもので、さながらステロイドの限界量突破といったところだね。Garage MonsterのシングルはPIZZ(イラストレーター。2015年没)のアイデアで、Sympathy For The Record Industryからレコードを出すためにやっただけだよ。その時点で僕はマキシマスを始めていたから、このカバーもアルバムに収録しようと思った。その後にもPIZZとは10インチを1枚出している。

-『Ectopia』が出る少し前にはManorexiaとしての音源も発表しています。マキシマスとの違いは何ですか。

JG:Manorexiaはそれまでと違うことをしたいという思いから始まった。ある日、ドローンのアルバムを作ってみようと思い立ったんだ。それでアルバム一枚分の音楽を作ってみたのだけど、ドローンにはならなかった。尺の長い1曲という構成にして、それがそのままManorexiaのファースト・アルバムに なった。最終的には曲単位に分割したけどね。 やりたいようにやってみたら、新たなサウンドを手に入れられたように感じた。それと同時にFoetusやSteroid Maximusは確固たる構成を持つ音楽だということにも気付いた。 特にマキシマスは高密度かつタイトに移築されている。だから、もっと開放された音楽を、音そのものが聴取できるようなそれを作りたくなった。これがManorexiaの核だよ。
新しくプロジェクトを始めた時はまだアイデンティティというものがなく、無数のルールを用いて音楽を作ることになるんだけど、僕は出来る限りそこから抜け出そうとしている。自分の音楽への問いかけを止めることなく、それを変化させ続けていきたい。同じことを繰り返したくないんだ。僕は何が自分の音楽をそうたらしめるかかわかっている。ManorexiaもSteroid MaximusもXORDOXも自身のサウンドを持っている。 それをより良く、より広大にしていかねばならないんだ。曲を書くこと自体は簡単だけど、 前よりも良いものを作るとなると大変だよ。XORDOXのニューアルバム(2020年作『Omniverse』)も前作の繰り返しを避けるために苦労した。25曲ほど作ったけど、最終的に7曲にまで絞ったんだから。

-マキシマスのライヴはオーケストラ編成ですが、実演に至った経緯はなんですか。

JG:2003年くらいにUCLAでキュレーターを務めていたデヴィット・セフトンからライヴを依頼されて、ManorexiaかSteroid Maximusのどちらかで演奏しようと思った。彼が後者を推したので、実際に演奏する際に必要な楽器の数を調べるところから始めたよ。トランペット、トロンボーン、ラテン・パーカッショ ン、ティンパニ、ドラム、キーボードなどなど、総勢で18人もの演奏者が必要になった。スティーブ・ バーンステイン(注・Lounge Lizardsで知られるトランペッター)と一緒にライヴ用のスコアを書いて、彼にも演奏してもらった。指揮者としてはこのLA公演が初めてだった。その後フランスやオランダ、ドイツのドナウフェスティバルでも公演していくうちに、Foetusにもこのオーケストラ編成を取り入れたくなった。この時期はすでにフィータスとしてのライヴをやらなくなっていて、その理由はロックバンドによる演奏をこれ以上続けたくなかったからだ。最後のツアーは2001年かその辺りだったと思うけど、そのツアー中でもロックのフォーマットは自分の音楽にとってふさわしくないと感じていた。自分のやりたい音楽をロック・ミュージックに変換していたけど、それはただのロック・ミュージックに過ぎなかったんだ。この機を境に、Foetusのサウンドをオーケストラ化した。 2010年にはプロスペクト・バークで再びMaximusのオーケストラ公演を行なった。そして2020年には似た編成でFoetusとしてのライヴをやる予定だ。サイモン・ヘインズと一緒にアレンジ を考えている最中だよ。編成はストリングス、フレンチホルン、ハープ、キーボード、バーカッション、 ギター、ドラムなど。 ライヴ用のスコアを書くのは大変な作業だし、演奏者たちへの支払いなどの費用もかかるから、そう何度もできない試みなんだ。

-ゾラ・ジーザスのライヴでもバックの指揮をとっていましたね。

JG:彼女はグッゲンハイム・ミュージアムから公演のオファーを受け、ライヴ用のアレンジにストリングスのカルテットが必要だった。それで僕に依頼が回ってきたんだ。試しにいくつかアイデアを送ってみたら彼女も気に入ってくれたので、最終的に10曲分アレンジした。曲はオリジナルにあったエレクトロ ニックな部分を残しているものもあれば、弦と声だけのものもある。 ライヴには演奏者としてMivos Quartetを招いて、とても良い感じだった。 当時、彼女は同じアレンジを活かしてアルバムを作ろうとも考えていたから、それも一緒に録音した。ツアーではイースト・コースト、ウェスト・コースト、ロンドン、パリ、ベルリンを回ったけど、地域ごとにストリングスの奏者が変わるのでリハーサルには苦労した。その甲斐あって良い結果が出せたと 思うし、今でも彼女は時々そのアレンジを使ってくれている。
最近はHelmのアルバム(『Chemical Flowers』)でストリングスをアレンジした。ロンドンで一緒にカルテットの演奏を録音したよ。こんな風に他人からアレンジを依頼されることがたまにある。

-『VB』の作者、クリストファー・マカロック(またの名をジャクソン・パブリック)とドク・ハマーはとて も奇抜な人物ですね。最初に会った時の印象はいかがでしたか。

JG:(笑)。ドクとは「VB』をやる前にもどこかで会っていたと思うけど、それほど顔を合わせたことはないんだ。主なアイデアを考えているのはクリス・マカロックで、彼はとても愉快な男だよ。『VB』の話を持ちかけられたのは、まだパイロット版の制作中だった。二人は僕が過去に書いた曲を劇中で使えないか打診してきたんだ。 後にカートウーン・ネットワークが『VB』を正式なプログラムとして採用すると決まったから、彼らは改めて僕にスコアを依頼してきた。
作曲にあたっては大抵クリスと話し合って決めている。ストーリーボードやアニマティック(原画)を見ながら、どんな音を鳴らすか相談して作業を進めている。

-短い曲も多いですが、場面に合わせて書くのは大変じゃありませんか?

JG:大変だし面倒くさい(笑)。10秒とか8秒だけとか。3,4分の曲の長いシーン用の曲を書くのは好きだけど。アクション、ミステリー、サスペンス、静かだったり、やかましかったりする曲はやってて楽しいよ。

-彼らのオーダーがあなたにとって新しい音楽を得るきっかけになりますか。

JG:いつもそうだと言える。ギリシャの島やナイトクラブのシーンではそれらしい曲を書いたし、西部の郊外が舞台のシーンではジュークボックスから流れるカントリー・ウェスタン風の曲もやった。いろいろな音楽を書くのはやりがいがある。

-シーンに合った感傷的な曲を書くのも難しいと思いますが。

JG:ファースト・シーズンに親子が会話するシーンがあって、そこで流れるセンチメンタルな曲を書くのには消極的だった。その次のシーズンまでにはサウンドトラックの規則のようなものが出来上がってい たから、そういった曲でも上手くやることができた。クリスたちがどんな曲を欲しているか、何年にもわたって彼らと話し合ってきたからね。たとえば哀しかったり、悩んだりするシーンではソフトなマイナーコードを使うとか。
サウンドトラックを作る時は(多彩な曲が入っているといった)習慣的な内容を目指すのではなく、作品全体を補強するように考えている。音楽によって本編の内容が高められ魅力的なものとなり、視聴者たちの体験がよりエキサイティングになる。サウンドトラックの中で僕はぶっとんだアイデアの曲をいくつも書いているが、不必要に実験的なことはやらないんだ。そういうものを作っても彼らが求めてなかったら使われないからね。求められていないものに時間を注ぐわけにもいかないし、それを理解しているからこそ、僕は『VB』や『Archer』で自分の音楽性を確立できているんだ。『Archer』においても、 僕は番組を作る上で欠かせない「チームの一員として」音楽を作ることができる。もちろん 『Archer』のために書いた曲を『VB』に流用するなんてことはないよ。
これは大工仕事にも近い。たとえば本棚を上手く作れる人がいたとしよう。家を作るにはそれだけでは足りないからテーブルや椅子、階段、ベッドなどを作れるようになるのが望ましいということだよ。 こうすることで自身の能力を押し拡げることができる。哀しみや楽しみ、怒りといった感情ではなく、そのニュアンスを重要視するようになった。今ではニュートラルとは何か?という問いがある。それは過剰に感情的でないということだが、それを作るのはとても難しい。ジャクソンたちと話したのはそういうことだ。僕が表現したいのは哀しみや喜びではなく、メランコリー。そこに宿るわずかな感情だ。

-『VB』の有名なシーンで、ドクター・ヴェンチャーが息子にプログレッシヴ・ロックのLPを聞かせるシーンがあります。この時にYES風の曲が流れているのですが、この作業は楽しめましたか?

JG:そのシーンは大好き。面白かった? 『VB』で一番気に入っている場面の一つだよ。 ドクター・ヴェンチャーが「お前にこれはまだ早い」と『クリムゾン・キングの宮殿』を取り上げ、代わりにロジャー・ディーンによるジャケットを持つYESのレコードを息子に差し出す。クリスから、とあるファンタジックな場面用にYES風の曲が欲しいと依頼されたのがきっかけだ。[シンセのパートを口ずさむ]
そこにドラゴンについて歌ったボーカルを乗せたんだが、カートゥーン・ネットワークからYESに似すぎてて使うには危ない」との報せを受けた。「これはYESそっくりの曲であってYESじゃない、 完全なジョークにしてオリジナルだ」と説明したんだけど、訴訟の可能性もあるとかでボーカルをやり直さなければならなかった。クリス本人に代わりを録ってもらうことになって、彼には「僕はジョン・アン ダーソン風に歌ったけど、君はJethro Tullのイアン・アンダーソン風に歌ってくれ」と伝えた。

-今日モンドと称される50~60年代のカルチャーは『VB』を構成する要素の一つであり、アニメが その入り口になっていると思います。

JG:『Incredibly Strange Music』のようなやつ?モンドという呼び方は知らなかったな。 僕はラウンジ・リヴァイヴァルと呼んでいた。マーティン・デニーやレス・バクスターのようなやつだ。僕が住んでいた頃にもロンドンにはその手の音楽がかかるパーティーがあって、ドレスアップした人たちが来ていたものだった。クリスとドクもその時代が好きだから、作品には50年代のスペース・エイジ 的な舞台や家具がたくさん出てくる。確かに『VB』とこれらのカルチャーは繋がっているし、ファンもそれを理解できるだろう。

-デヴィット・ボウイは『VB』に本人として登場してますよね。

JG:クレイジーなアイデアだ。クリスはボウイの大ファンで声マネも達者だったから彼が声でもよかったのだけど、既にボウイ役の声優がキャスティングされていた。当初、番組側はボウイ本人に声をあててもらうよう彼に打診したけど、返事は来なかった。あるエピソードではボウイがクラウス・ノミとイ ギー・ポップを引き連れて・・・  
-日本でもそのシーンだけ話題になりました。「なんでボウイとイギーが戦ってるの?」という感じです。
JG:ボウイへのよきオマージュであり、尊敬の証だと理解している。決して彼をからかっているん じゃない。僕は子どもの頃から彼が大好きだし、今でも自分にとって最高のアーティストの一人だ。
ボウイが場面に登場する度に鳴る効果音を考えるのは『VB』の音楽を作っていく中でも特に楽しい時間時だった。「彼を象徴する音とはなんだろう?」と悩んだよ。僕が思い付いたのはスタイロフォン、ペンを使って音を出す小さな楽器だ。ボウイは「Space Odity」でアレを使っている。だから自分でスタイロフォンを弾いて、あの「ブラ~ン」という音を再現 してみたんだよ。

-実際にボウイと対面したことはありますか?

JG:何度か。初めて会ったのは彼がNine Inch Nailsと競演していた時だ。当時彼らは一緒にツアーしていて、僕もある公演を観に行った。終演後、会場になったクラブだかで開かれたパーティーにも顔を出したんだけど、当時のガールフレンドとケンカしちゃって帰るところだったんだ。そこに誰かが「トレントとデヴィッドがあなたを探してますよ」と呼び止めてきた。彼らはVIPルームにいて、僕をそこへ招いてくれたんだ。 入ってみるとトレントとボウイが同じカウチに座っていた。僕は二人の間に座って、ボウイに一言「ハグしてください」とお願いしたら彼は思い切り抱きしめてくれた。そこから20分ほど、内容は覚えてないけど話をしたんだよ。どれだけ彼のことが好きかとか、リミックスをやらせてほしいとか、そういうことだったと思う。本当にナイスな人だった。
その頃のボウイはよくライヴをしていたので、ニューヨークやローズランドで公演する時も観に行っ たよ。ワシントンD.C.でやった時はバックステージにも入った。立ち話している時に後ろから背中を叩かれてる気がしたので振り向いてみたら、ボウイだったんだ。彼は「どうして無視するのさ?」と言って僕を強く抱きしめた。「デヴィッド・ボウイが僕と友達に!?」と思ったものだよ。それからは彼と直接連絡をとれるようになったんだ。
数年後、ニューヨークのアーヴィング・プラザでもボウイは演奏した。その時の共演はWIREとPan Sonic、そして僕もDJとして出演した。当時ボウイのバンドでギターを弾いていたのはHelmetというバンドのペイジ・ハミルトンで、彼やボウイと一緒にDJブースから他のバンドの演奏を見たよ。その後も一緒に行動して、バックステージを行き来した。
最後に彼を見たのはトニー・ヴィスコンティの70歳誕生パーティーだ。当時ヴィスコンティとボウイは秘密のプロジェクトを進めている最中だった。たぶんシングルの「Sue」だったと思うんだけど、彼らはブラスのアレンジャーを探していて、僕も候補の一人だった。ヴィスコンティは僕を推していたけど、 最終的にマリア・シュナイダーが指名された。
そのパーティーから1年も経ってないうちにボウイは亡くなってしまった。見た目は元気そうだったし、すぐ近くでお喋りもした時も病に侵されているようには見えなかったよ。とてもフレンドリーでナイスなままだった。ビッグバンドの方は順調かと言ってくれたよ。当時、僕はmelvinsと一緒に「Station To Station」のカヴァーを録音したばかりだったので、ぜひ聴いてみてくださいと言ったら、「ロング・ヴァージョンの方?」と尋ねられたよ。 あれのアルバム版はとても長い曲だから。答えはもちろんイエス。
これが彼と過ごした最後の時間だ。亡くなってしまった時はとても寂しかった。

-新しいアルバムがリリースされてすぐにその報せが届きました。

JG:2~3日してのことだった。『★』(Blackstar)、すばらしいアルバムだ。

-ボウイとあなたは共通点が多くありますね。たとえばライヴでも楽曲のアレンジを大切にする。 彼のライヴから何か吸収できたことはありますか。

JG:ボウイは曲を再解釈して発展させることに長けていた。僕にとって大きかったのは、2001年10月の ザ・コンサート・フォー・ニューヨーク・シティでポール・サイモンの「America」を歌とオムニコードだけで披露した時だ。彼のライヴはよく観たけど、アレンジよりも音響監督にこだわっていたかな。他者との共同作業にとても意欲的な人だった。

-彼もあなたも多数のペルソナを持っています。それらが、またはペルソナを持つこと自体がもたらすものとはなんですか。

JG:Foetusという「バンド」の神話を思い付いたのはThe Residentsにインスパイアされてのものだった。最初に出したレコードは You've Got Foetus On Your Breath(君の息吹に胎児)名義で、スリーヴにはたくさんのメンバーの名前が書いてあるけど、実際は一人で作った。 アーロン・フッチス、フィリップ・トス、カール・サタン、ブッバ・コワルスキー、ウェイド・バンクス、そしてクリント・ルイン。最近はご無沙汰だけど、クリント・ルインの名はライヴでも使うようになって、ある種のペルソナになった。
プロジェクトとその音楽性によって僕はペルソナを使い分けている。それぞれが独自のサウンド、イメージ、テーマ、意図、音楽的ボキャブラリーを持っている。2010年ごろからはJGサールウェルとしてアルバムを作るようになった。一人の作曲家としてJGサールウェルがいると言えばいいかな。
「彼」にはXORDOXのようなテーマがない。「次にやること」のためのリポジトリ、容器のようなものなんだ。新たに作るサウンドトラックや、その他のシリアスな作品、そしてSilver Mantisのようなエレクトロニックなソロ・プロジェクトのためのね。

-今はどれくらい進行中のプロジェクトがあるのですか。

JG:10ほど。4月にはサイモン・スティーンズランドとのアルバムが出る。彼からモーガン・オーギュレンを紹介してもらえたので、僕がプログラムした譜をモーガンに叩いてもらったんだ。先ほど話したようにXORDOXのニューアルバムも2020年に Editions Megoからリリースされる。サウンドトラックでは 『Archer』が発売予定だ。Melvinsとも作業を始めている。彼らにいくつかのアイデアを送ったところで、これがコラボレーションへと発展しくれたらいいと思っている。ストリングスのカルテットを導入するつもりで、これはバンドが過去にやったことのないアイデアだ。ヤコブ・キルケゴールともアイデアを交換している最中だよ。彼とは昔オマーンの砂漠に行って、その風景を記録した映像を撮っている。サイモン・ヘインズとやっているTredici Bacciの新作では全曲で女性ボーカルをフィーチャーしている。『VB』の新し いサウンドトラックや、Foetus、Manorexiaの新作を出すのは数年かかる。多くのことをやりすぎていて、時間が足りないんだ。

-プロジェクト同士が影響を与え合うのでしょうか。

JG:ところどころではね。僕は一つのプロジェクトから一つのシステムを得る。あるアイデアのためにあるプロジェクトに取り組む。いくつかのプロジェクトが互いに受粉するようなものだよ。サイモン・ス ティーンズランドやMelvinsと一緒に作っているアルバムの中では同じ音楽のスタイルが反映さ れていて、それは多種の拍子とチェンバー・ミュージックの暗い側面を混ぜ合わせたようなものだ。プ ログレッシヴ・ロックで例えるならズールと呼ばれるものだね。 Magma、Univers Zero、高円寺百景と比較されるような音楽で、僕はそれを探求している真っ最中だ。

-高円寺百景については質問しようと思っていました。昔から好きだと公言していますね。

JG:ある時、Magma好きの友人から勧められたんだ。Ruinsはそれよりも前からアルバムを持ってい たんだけど、このバンドについては知らなかった。いざ聴いてみたら「なんてこった、Magmaのポップ・ バージョンじゃないか」と衝撃を受けたよ。Magmaのエッセンスが、よりロックになりつつ圧縮されてい た。同じスタイルではボンテージ・フルーツとハッピー・ファミリーも好きで、前者の初期のアルバムは特に素晴らしいね。高円寺百景は一度ライヴを観てみたい。 まだニューヨークでは公演したことがないと思うけど。

-改めてXORDOXについて教えてください。シンセサイザーだけで作られた音楽ですが、このアイデアに至った理由はなんだったのですか。

JG:あるシンセサイザーを譲ってもらって、それを自分でメンテナンスしてからアルペジオを弾いてみた ら、とても良かった。同じころにジョン・ゾーンから彼のクラブ・ストーンで開かれるウィリアム・バロウズ生誕100周年記念のイベント(2014年)に誘われて、そこで何か新しいことができるかも知れないと 考えた。そこは75人ほど入るスペースで、たとえオーディエンスがガッカリしようともエクスペリメンタ ルなパフォーマンスをやろうかなと思っていたけど、結局やめた。その後、サラ・リップステイト(Noveller)と何か一緒に作ってみることになって、彼女がベースライン、僕が先ほどのシンセサイザーでトップラインといった感じで40分、5曲分ほど録音してみた。これがゾルドクスの始まりだ。後に彼女が LAへ引っ越してしまったから、彼女の録音した分も使って残りを一人で完成させた。
XORDOXのライヴでは音楽を新たに作り直しているようなものだよ。ここでもサイモン・ヘインズに サポートを頼んでいる。後ろには映像を流しておいて、僕たちは真っ白な服装とヘッドライトを身に着けて演奏するんだ。次のXORDOXのアルバムはライヴで演奏しているようなものになっていると思 う。

-ライブで使う機材なども決まってますか。新しい機材、ガジェットもチェックしていたりもしますか?

JG:小さなコルグのシンセサイザーとか。ムーグもあるけどライヴでは使わない。あとはテルミンだね。(チェックは)ほとんどしてない。これ以上機材を置けないというのもあるから。目星を付けているものもあるけ ど、ほとんどがコンパクトなものだね。

-私もコルグのVolcaをいくつか持っています。MS-20のリモデルもありましたが、Volcaを見た後はあれでも大きいと感じます。

JG:コルグの MS-20は僕が二番目に手に入れたシンセサイザーだった。これまで見てきた中でMS-20を使いこなしていたのは、クリスロー・ハアス(DAF、Liaisons Dangereuses)とフェリックス・クービン、特にフェリックスはもっとも卓越していると思う。
最初のシンセはEDPのワスプで、当時(79年ごろ)ウィリアム・ベネット(Cut Hands, Whitehouse)に売っちゃった。
シンセサイザーの操作についてはまともに勉強したことがなかった。だから、ストックホルムのEMS ・エレクトロニック・ミュージック・スタジオでブックラを触った時はスタッフのエンジニアたちと一緒に音 を出していった。ケーブルやノブがたくさんあって、未だにシグナルバスについてもわからないことだらけだ。

-コレラ・ノシーボとシルヴァー・マンティスについて教えてください。どちらもプリペアド楽器を使ったものでしょうか。

JG:二つはソロ演奏という点で共通している。プリペアドピアノやモヂュラー経由のエレクトロニクスを使っていて、即興的なマルチチャンネルの音響が一つの確固とした枠組みの中で発生する。 あらかじめ Logicで作っておいた素材とそれを合わせたりもする。行ったり来たりする音を無数のス ピーカーが同時に再生することで、あたかも作曲されているかのように響くんだ。長さも音の組み合わせもその場で変化するんだよ。 こうした試みの最初の例がcholera nociboで、アルバムも出来ているから何とかして出したいんだ。Silver Mantisはそこから更に先へ進んだ新しい音楽だ。cholera nociboよりもややエレクトロニッ クかもしれない。言えるのはどちらもシネマティックであり、プリペアドされたピアノを使っているということ。そして演奏中に映像を流すんだ。これも5.1chのDVDでリリースしたいものだが。cholera nociboのアルバムは出せたとしても、Silver Mantisはその後になるね。
もし日本でライヴができるならSilver Mantisの演奏をやりたい。なんとか機会が作れないか試しているんだけど、ブッキングを担当してくれるエージェントが見つからなくて。

-コレラ・ノシーボとシルヴァー・マンティスについて教えてください。どちらもプリペアド楽器を使ったものでしょうか。

JG:二つはソロ演奏という点で共通している。プリペアドピアノやモヂュラー経由のエレクトロニクスを使っていて、即興的なマルチチャンネルの音響が一つの確固とした枠組みの中で発生する

-日本でのあなたのイメージはインダストリアル・ロッカーで止まってしまっているため、今のあなたの音楽を知ったら、みんな驚くと思います。ところで「I hate you all」をTredici Bacciらと演奏している映像をYoutubeで見たのですが、あの曲はもともと櫻井敦司(BUCK-TICK)に提供したものですね。

JG:依頼されたので曲を送ったら、彼はそれを自分流に作り替えていた。送ったバージョンを僕のアルバムに入れてもいいと許可してくれたので、『Dump』というアルバムに収録した。 サイモン・ヘインズとはFoetus Orchestraとしての楽曲アレンジを一緒に行なっている最中なので、その成り行きからTredici Bacciの 演奏で歌うことになったんだ。

-Swansのマイケル・ジラやレイモンド・ワッツとの交流はまだ続いていますか。

JG:レイモンドとは30年近く話していない。 マイケルとはよく会うし、付き合いも続いている。彼はペンシルヴァニアのどこかに住んでいる。今一番仲が良いのは何度も名前を出しているサイモン・ヘインズで、ほぼ毎日一緒に作業しているよ。過去に仕事した中では最も気の合う人物だと思う。

-以前アンドリュー・ライルズになぜカタカナをアートワークに使うのか尋ねてみたら、あなたに影響されたからとのことでした。私含めて、多くのファンはあなたがカタカナを使う理由を知りたがっていると思います。

JG:はじまりは僕が84年に出した『HOLE』というアルバムだった。日本でも配給されたのでレコード会社から見本を送ってもらったら、付いてきた「帯」に日本語がたくさん書いてあった。 読めない僕にとってはミステリアスで、デザイン的な観点からとても良いと思った。

-日本盤がきっかけだったんですね。ロシア構成主義をアートワークに使ったことと近いのでしょうか。

JG:そう、全体の見た目、オブジェクトとしてのデザインが良かった。だから次に作った『NAIL』というアルバムのアートワークはその帯を模したデザインになっている。それから日本のマンガなどを集めるようになって、そこから切り取った図版をジャケットなどに使い始めた。ポップアート的な作業だよ。

-日本のレスラーの写真や名前を使ったやつとか・・・。

JG::ミスター・ポーゴ。  

-(笑)。素材はどこから集めてくるんですか?

JG:ニューヨークにはそこら中にある。日本のもの専門のお店だってあるよ。

-BECKの新作にもジャケットにカタカナが使われていますがご存知ですか。グーグルで見れますよ。[実際にネットで検索する]

JG:いいね。ハイペースペースという名前でいいのかな。

-はい。意味は・・・そのままハイパースペースでいいでしょう。これはインターネット上で拡散した ヴェイパーウェイヴといった現象やネットミームの影響が強いと思います。

JG:一番有名なMacintosh Plusは聴いたことがある。お気に入りとまではいかないが良かった。 あれは同ジャンルの立派なランドマークだね。

-私はこのムーヴメントというか現象には疎いのですが、今の若い世代には馴染みがあるものと思います。

JG:数年前に聴いたきりだが、これはノスタルジアの類なのかな。幽霊が出そうなショッピングモールで流れてそうだね。

-80年代の音楽、とりわけ日本のポップスは頻繁にサンプルとして使われています。これは少し 新しすぎる例ですが、ヒップホップのようにサンプリングが当たり前になったことについてどう思いますか。

JG:良いことだと思うけど、僕のサンプリングはちょっとやり方が違うから他人のものに何か言えるわけではない。多くのヒップホップはサンプリングしたものの上にヴァースやフックを乗せてループさせるが、 僕はより流動的に使っている。音楽の骨格を構築するために取り入れ、サンプリング以外のアイデア ともかけ合わせる。 僕と同じことをしている人は思い当たらないが、アモン・トビンにはかなり衝撃を受けた。彼はサンプリングの常識をひっくり返したと思う。

-Psychic TVやロバート・ヘイなど、あなたと同世代のアーティストの中にはクラブ・ミュージック のシーンに行った人もいます。あちらには関心がありましたか。UKとUSではだいぶカラーが違うと思いますが。

JG:特に興味はなかった。リミックスをやって、それがダンス的なものになることはあるけど。

-過去のインタビュー( 『WIRE』2007年11月号「 Invisible Jukebox」より)ではTrickyと作業したいと話していましたね。

JG:正確には当時凄いと思っていた作家の一人として名を挙げていたと思う。 僕が初めてリミックスを手がけたのはProng。 当時はまだ誰もメタルのリミックスなんてやっていなかった。PanteraはProngの後を追って僕にリミックスを依頼してきたし、その次はMegadethだ。単に依頼されたからやっていただけだけど、自然と僕はメタルのリミキサーとして知られるようになった。そんな時期がしばらく続いてたんだ。リミックス自体は今でも時々やっているよ。

-Ulverのようなバンドをはじめとして、ブラックメタルは音楽性のレンジが広い世界です。

JG:ブラックメタルの実験的な側面は興味深いね。 Ulverもいくつか聴いたことがあるけど、彼らの作品はちょっとムラがあるかな。僕が好きなのはLiturgyやGojiraで、ジャンルの壁を突き抜けていると思う。ブラックメタルのメタルな要素には興味がなく、エクスペリメンタルな部分、Wolves in the Throne Roomがやっているようなことに惹かれる。ニュー・ジャージー発のメタル専門ラジオがあって、車を運転している時はこうした音楽も聴いているよ。

-今日のメジャーなシーンにもビリー・アイリッシュやK ポップのように興味深く、かつ広く浸透して いる音楽があります。ポップのフィールドを意識することはあるか、または誰かをプロデュースするこ とに興味があるかどうか教えてください。

JG:Kポップには明るくないので何とも言えないが、ビリー・アイリッシュは好きだ。僕とサイモン・へインズが一緒に作っている音楽もある意味でポップ・ソングの類だよ。それはバート・バカラック、フレンチ・シャンソン、『ザ・ウィッカーマン』のサントラといったものの折衷だ。これらが僕たちの音楽を構築するエレメントといえる。しかし、彼女の音楽、彼女にとってのポップは僕たちと大きく異なるし、それが素晴らしい。他のアーティストではラナ・デル・レイも大好きだ。
他人へ曲を書くことには興味がある。その人が普段作る音楽がどのように構成されているのかも合めてね。たとえそれが自分の好みでなかろうと、僕はあらゆる音楽からアイデアを得ることができる。

-新しいFoetusのアルバムを手をつけてはいるのでしょうか。最後に出した『HIDE』は社会情勢を強く反映していたものだったので、次の作品ではどうなっているか気になっています。

JG:よりオペラ的なものになるよ。東欧のオーケストラを雇って録音するつもりだけど、まだ3曲ほどしか出来てないから、まずは曲を書かねばならない。そのためには今より飛躍した音楽的ボキャブラリーが必要だ。歌詞は『HIDE』のように政治と恐怖を反映した内容になるだろう。

-政治的な内容を歌うことは昔に比べて難しくなったと思いますか。『サウスパーク』のスタッフは 「現実がフィクションより狂っている」という理由から、ドナルド・トランプをネタにしないことを明かしました。

JG:僕が歌う政治とは個人的なものだよ。とはいえ、歌詞の中で扱っている問題は過去から現在まで引き継がれている。たとえば『HIDE』の「Oilfields」という曲はジョージ・W・ブッシュが引き起こし た戦争への不安について歌っているが、政権が変わった今日でもその問題は続いている。
コンピレーションやライヴ盤を除けば、次が10枚目のアルバムとなるのだけど、それをFoetus最後のアルバムにしようと思っている。サテライト・アルバムを含めた一つのアンソロジーになるだろう。そこで一つのコンセプト、Foetusという物語にいったんの幕が下りる。それは新たなチャプターの始まりでもあるんだ。『アヴェンジャーズ』みたいなものだよ。だから最後に何を歌うか決めないといけない。まだ誰も到達していない音楽と共に!(了)


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