2024年の25%が終わった

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『Somnambulant's Still Asleep』の発送でこの1ヶ月半は終わった。ありがたい話である一方、他の業務がほぼ手つかずで、ここの更新もできなかった。昨年は出稼ぎと身内の用事で忙殺され、その分愚痴ばかり書いていたが、今はそんな暇もない。だが、面倒事がなくなったわけではなく、5月にはまた青梅に行く羽目になりそうである。どうせなら、そのついでに遠方で宿をとり合宿といきたいところだが、懐にそんな余裕はない。また、かねてから行きたい住みたいと思っていた能登半島の被災、失政も手伝って未だ進まぬ復興に、よその土地を思うことをためらわせるようになった。能登に限らず、ガザだろうがミャンマーだろうが近所の虐待と疑わしき騒ぎだろうが、体感的な意味で身近に、しかし一人で解決できない出来事があって、それと共時的に生きていくことの説明を自分にするのが日々難しく感じる。面倒で億劫だが、無視もできない。
仕事や家庭の事情で忙しいというのは、なるほど一番優れた理由に思えてくる。目の前の出来事というのは、避けることもできないが弁明としては最高。文章やマンガの連載、滞っている執筆や翻訳など、自分のいる分野に限った話ではないし、今なら新学期または新卒としてスタートしている人たちを見てもそう思う。一回り以上歳の離れた人間を見ても、これくらいしか思うことがないというのが正しいかもしれんが。

気がついたら1年の25%が終わっていて愕然とするが、もう3分の1もすぐそこである。『ビデ再』は書けない以前に書く時間がとりづらく、5月にはコミティアにも出るので、それのためにまた小さな冊子を作ることとなった。憑在論ディスクガイドは焦らずにといったところだが、これは晩夏くらいになるやもしれん。予定はどうせ崩れるからあまり意気込まずといったところなのだが、ズルズル引きずりすぎているとなにも進まないというのは昨年に痛いほど学んだ。出稼ぎや身内の雑事で悲鳴を上げることになるだろうから、それまでに出来ることは済ませておきたい。

『FEECO』の5号が出たので、そちらもお目通しをお願いしたい。委託ができていないというか、今回は最初に刷った数が少なめなので、補充が済ませられていない。これも忙しさのせいだが、すぐに改善しますのでね。
ページ数はいつもよりも少な目になったが、文字の量や1ページあたりの印字の密度は過去よりも上がっている。せっかく木々を消費して紙を使うんだから、無意味な余白と文章は避けて、誰も書いていないことで埋め尽くした方がいいんじゃないか。これは竹田賢一さんが『地表に蠢く音楽ども』のあとがきに書かれていたことであるし、『ロックマガジン』などを再読していると、自分でもとみに思うことでもある。あとは90年代のゲーム雑誌。カタログ的レイアウトを広告以上のものとしてリファインしたい欲求が、割とある。



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(24. 4/10)