2022 summary


今年は忙しくてブツのページを更新する暇がなかった。買ったはいいが再生さえしていない作品も多数ある(アンドリュー・ワシュリクとか)。夏からは『MUSIC + GHOST』を書いていたため、レトロまたはノスタルジックと称されるような音楽ばかり再生していた。noteに上げないのはホメパゲ派の意地のようなものです。

The Advisory Circle / Full Circle

TACのヴィンテージ・シンセ哀歌には楽観とともに一抹の不安のような感情が含まれていて、坂本慎太郎のサイケデリアを思い出させてくれる(『Full Circle』と坂本の『物語のように』が同じ年に出たことで、この対比がしやすくなったというのもあるが)。このアルバムが映しだす時代、クール・ブリタニアの旗が降られた時に「復興すべき過去」としてカウントされなかった50年代末から78年の残像が、日本育ちであるわが身になじむ理由を見つけるのは今後の課題の一つ。失われた未来の軽音楽は、大衆的な熱狂=ポップとは程遠く、むしろ刹那的だが記憶されて続けていくフォークと呼んだほうがいいのかもしれない。10インチもあるみたい。
Peel Dream Magazine / Pad

エレキギターではなくオルガン(ファルフィサ)を、シューゲイザーではなくスペース・エイジ・バチェラー・パッド・ミュージックのサイケデリアを選んだことに、現在への断固たる「NO」を見る。ハリー・ニルソンの音楽あるいはゲームソフト『MOTHER2』が好きだったら、これらが持っている、不気味なんだけどあったら嬉しいストレンジに再会できるはず。『MUSIC + GHOST』を書いている時に出会ったこともあって、このアルバムからは宿命的な衝撃を受けた。
Future Conditional / Isotech

Les Disques Du CrépusculeとFactoryで育ったグレン・ジョンソンとセドリック・ピンによるリリカル・エレクトロニックな一枚。クラブ・カルチャーへ「向かわなかった」テクノ・ミュージックとでもいおうか、パストラル憑在論(説明はこちらで)という切り口からジョン・フォックスを読み解いたおかげで想像しやすくなった、退廃と進歩からなる英国フューチャリズムの二面性を表している。これもまたTACと同じ、反消費的ノスタルジーの一端か。ニュー・オーダー「Doubts Even Here」のカヴァーは、もしもバンドがレイヴの世界にいかずに『Movement』のテイストのままで活動を続けたら、といったパラレルポップ史の夢想。
Ann Eysermans / For Trainspotters Only

ディーゼル機関車の稼働音にハープなどの音が乗せられ、環境音と演奏の関係性が二転三転しながら音楽へと構築されていくダイナミックな作品。2年ほど前にClay Pipeから出たギルロイ・メアの7インチも似たようなアイデアだったが、あちらはあくまで機関車「っぽい」音を作ることで記憶を再現する趣味人気質があった。個人的な記憶を辿ったという本作は、うろ覚えのスケッチのように、かつての体験が再創造されていく。機関車と各演奏のコラージュによる不明瞭さは、アイザーマンスにとっての生々しさであり、映像でいうなら小石一つまでハッキリ目視できなければいけないといわんばかりの、鮮明さに憑りつかれた現在に対する反抗の意志である。余談だが、岡川怜央が今年に発表した『minato』は、本作の親戚という感じがした。
Michiel De Malsche / The Discomfort of Evening

2020年の国際ブッカーで大賞を得たオランダの作家Marieke Lucas Rijneveldの同名ノヴェル(厳格なキリスト教徒の家庭で育った少女が、兄弟の死や牧畜している牛の殺処分などをきっかけに進む家庭内不和に対面していくというものらしい)のために書かれたもの。
マリンバや琴、オンドマルトノによるゴシックな室内楽と、アクセントとなる雨や蛙のフィールドレコーディングが、鬱屈に満ちた欧州郊外の景色を想像させる。当然というべきか、このパストラルかつアストラルな音楽性に引っ張られたのは『MUSIC + GHOST』を製作中だったことが関係している。
Freundliche Kreisel / Freundliche Kreisel

今年最大のミスの一つはBrannten Schnüre(ブランテン・シュヌーア)『Das Glück Vermeiden』を買い逃したこと。しかし、同デュオの別プロジェクトらしいこのアルバムは、bandcampでも購入できた。歌を音響の一部とせずに、むしろ主題にさえしている実験的シャンソンの意匠に心地よさを感じた。Nurse With Woundや初期HNASのような、恐怖と好奇心を波立たせ、やがて自分から耳を傾けていく、あの繊細さをよみがえらせる音楽だ。ビックリしたいというよりは、ぞっとしたい、あるいは首をかしげたい。
ばねとりこ / 依り音 祝ぎ送り

情けないことにいまだライヴを見ていないばねとりこ(来年こそは)。ばねを骨格にした自作楽器の生み出すドローンと囁きが融合した音響は、たとえばOrganumが金属摩擦と密教の詠唱に求めていた、西欧宗教いうところの法悦から離れたトランス感覚へと導くものではないか。妖怪や古き日本の風景をイメージ源とする作法は、冥丁のみならず海外の作家たちも実践し始めているものだが、ばねとりこには彼らのような(いい意味でも悪い意味でもレプリカンな)叙情がない。代わりに満ちるおぞましさともいえる気配にこそ、自分は満足していた。ハンドメイドのパッケージも最高です。
Robert Haigh / Human Remains

Unseen Worldsからの3部作完結編にして、作曲家ロバート・ヘイ最後の一枚にもなるらしい。
そこには音楽だけがある、といった風情がロバート・ヘイの魅力だった。思えばSemaもOmni Trioもその後のソロ名義も、作家の我が拭われたような痕跡があった。それが転じて作家性のようなものになっているのは、ジム・オルークのシリアスな態度にも通じる。しかし、今回においては、かくも繰り返され続けてきた一筆書きのようなピアノの演奏が、過去よりも手広く解釈できてしまう。古代の遺跡を描きおこした絵と、それで飾った小曲たちに「Human Remains」と名付けたことは、ヘイが自らについて話した瞬間であり、彼個人がいた痕跡のようなものなのかもしれない。発掘されたOmni Trio未発音源集もオススメ。
Bow Abe / The Emotionless Brain

少し感傷的なメロディと抑揚のない歌声の対比は、「エモくない音楽」というスタンスとエモい世俗の位置関係を置換したものに思えた。歌われる内容は明らかに個人的な記憶だが、そこにあるのは状況だけで、記号には乏しい(デヴィット・リンチみたいな例もあるけど)。そんな何が言いたいのかよくわからない歌詞は、日本人的思考のクセのようなものなのかもしれないが、「ひょっとしたら」で論を展開するゲオルク・ジンメルの本を読んでいる途中なため、言葉が耳に残ってくる。セラニポージ『manamoon』のような音楽がまた聴けて嬉しい。
Aloma Ruiz Boada / Septem Verba

ここ最近のCurrent 93に参加しているヴァイオリンとオートハープ奏者のソロ。C93新譜中での演奏が素晴らしかったことが知るきっかけであったが、予想よりもはるかに凄かった。JGサールウェルの東欧現代音楽的なストリングスばっかり聴いていたせいかもしれないが、一音、一フレーズがあまりに感傷的で、何度も手を止めてしまう。しかも1曲目が「エリ・エリ・レマ・サバクタニ」なので、思わずあの映画のDVDを引きずり出しました。

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